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掌編小説・裸の画家4

掌編小説・裸の画家4


                                        裸の画家1


                                        裸の画家2



                                        裸の画家3



美術展に出かけては、彼はいつも、絵画向かっては、語り掛けていた。
「絵よ、お前は俺になにを語りたいだ?」
孝夫はきっと、教えて欲しかったに違いない。
洋画とは何か?二人の仲の在るべき姿は、日本と韓国と、離れ離れになるような事になっても、愛は続くのか?
いや、本当は、もっと奥深いところうの。人生とは何か、愛とは何か、一人一人の、人間の尊厳とはなにか、洋画よ、私は、それが、教えられるというなら、大したものだと思うのである。孝夫と文子の仲は、分岐点にきていたのかもしれない。
孝夫も又、文子が好きだった。文子以上に好きだったのかもしれない。
孝夫は、少しばかり思うことがある。もしかしたら、おれが画家になるべきだったのかもしれないと。
孝夫は、小学校、中学校時代、県展、市展の少年部門で、教育委員長賞をとっていた、常連だったからだ。画家を目指すべきだったのではと、愚かにも思ったりもしているのである。しかし、文子との会話の中で、いまだに心の中に残っていることがあると言う。
時々、思い出しては、出せなかつた答えに、苦笑いするのである。
画家を兼ねた美術教師。それは、中学校一年生の時のことだった。
美術教師は、職員室に来なさいと、孝夫を呼び出したのである。彼の画いた絵画についてだった。
教師は、聞いた。
「これは、何と読むんですか?」
絵の右下、隅に『独』と言う字が画いてあった。何故、こんな字を画いてしまったのか分からないでいる孝夫。
「ひとり・・・と読みます」
と、苦し紛れに言うのである。
「そういう読み方はない」
と、強く叱る教師。
「画くなら、孤独とか、独りとかと、画くべきだったねえ」
と、教師。
確かに、それは不思議な絵だった。何でこんな絵を画いてしまったのかと、悔やんで、職員室を後にした孝夫だった。
それから数日後のこと、何時もの美術の時間のことである。生徒の画いた絵が、教師から、返されていったのである。そこには、赤で、A、B、C、と、記るされてあった。最後に、孝夫の絵画を持ち上げて、
「この絵は、大変良く出来ました。よく見ておいて下さい」
そう言って、しばらくして、孝夫に手渡したのである。あの時、教師は、孝夫に、何を言いたかったのであろう?未だに分からないでいる。
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プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

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