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短編小説・鹿鳴館と公家17(了)

短編小説・鹿鳴館と公家17(了)


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三月の弥生を前にした日のことである。
孝道は、身辺の整理に追われていた。
特に、和歌、書道を教えていた塾生達には、殊のほか気を使っている。一軒一軒訪ねて挨拶している。その言葉は、愛しさに溢れている。彼自身、どれ程の力量があったか分からない。果たして良き師匠であったのだろうか。心痛のうちに廃業していく孝道であった。
「先生、もっと、もっと、教えてほしかったです」
と、言う子もあり、
「先生と別れるのは悲しい」
と、言う子もあり、別離とは、かくも悲しきものなのだろうか。
「先生に教えてもらったことは、きっといい思い出になる」。
と、京子の言葉。
京子の父は小作農の出自である。若かりし日々は、武芸に励んでいたという。官軍に加わり東京へ出て来たのである。最近は、近衛府の衛士となった。謝礼の払えなかった月日も、今となっては懐かしい思い出である。
帰宅すると、奈都子が挨拶に来訪していた。
良子様は得心していたようである。それは、良子も、この清所家に居られないということでもある。その後、良子様は、どのような人生を歩まれたのであろうか?
姉、白川局様にも、孝道にも、誰にも知られず人生を終えたのである。
誰にも知られず、都落ちした、それが良子様の意思表示であったのであろう。
唯一度だけ、風説に聞いたことがある。それは、地方の村長の妻女になったということである。当代一の、京美人と謳われた良子様のこと、久しく伝説のなかで、語り伝えられていったことは間違いない。
「お帰りなさい。あなた」
と、奈都子。その言葉には思いやりがあった。
「ありがとう。奈都子さん」
「塾生さん達には悲しい思いをさせますね」
「貴女も師範代として、悲しい思いをされたでしょう」
「ええ、でも、きっと新しい土地で、良い人達に恵まれるでしょう」
その言葉に、不安というものはない。
「平民、お前はなんという高貴なる者。お前には自由がある。未来がある」
「まあ、孝道さんたら」
と、言って微笑む。
「少し大袈裟すぎたかな」
「いいえ、やっぱり孝道さんは、書家の先生ですわ」
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
二人の明るい笑い声は、清所家の外まで流れていったのである。
そして、旅たちの日を迎えたのである。
三條の内府は、夫人、令嬢を従えて、三月二日。午前八時二十五分、新橋発の汽車にて、鎌倉地方への旅行に出発したのである。
これは、偶然というべきか巡り合わせというべきか。この汽車には、孝道と奈都子の二人連れも、乗り合わせていたのである。
「これは、これは、奈都子さん」。
と、声を掛ける三條の内府。
「あら、内府様、内府様はどちらへ」
と、奈都子。
「鎌倉地方への旅行にね」
と、気さくに答える内府。
「御家族様と」
「うん、家内や娘とねえ」
と、家内に目を向ける内府。奈都子は、深々と頭をさげたのである。
内府様の妻女は軽く会釈をしたのである。
「この人は」
と、訊ねる内府。
「あの、この人は」
と、言って少し思案する奈都子。
「二人で一緒に暮らします」
と、孝道は言う。
「じゃ、結婚するんだね」
と、内府様。
「ええ、まあ」
と、言って顔を真赤にしている奈都子。
「奈都子さんを、沢の上家から奪いとりました」
と、孝道。
「ああ、君なんだね。聞いたところによると、家をとるか恋人をとるかと、言われた時、愛する人をとりますと、言った人がいる」
「ハイ、私です。私には家督も家名も必要ありません」
と、孝道。
「一人の人間として、愛に生きる。成る程ね。そんな生き方もあるんだねえ」
と、内府様。考えられないことではあった。
「ごめんなさい、内府様。大変可愛がって下さったのに」
言葉が詰まって後が続かない。
「まま、まま」
と、言葉を押し止めるような手振りの内府様。
「孝道さんといわれましたね。どうか奈都子さんを宜しくお願いします」
と、内府様。そう言った後から、娘と会話を始めたのである。
孝道と奈都子は、深々と頭を下げたあと、離れていったのである。
孝道よ聞け。
父母の祈りは、あなたの長命にあり。生きて生き抜いて、この世に生をうけた大『仏』恩に報いてほしい。
奈都子よ知れ。
亡き父の願いは、あなたの、妻女としての幸福な人生にあり、久しく添い遂げて欲しい。
孝道は、車窓から富士山を眺めていた。父母の顔が浮かんでくる。
やがて、奈都子は車窓から、太平洋の彼方を見るのである。父母の顔が浮かんでくる。
それはまるで、人は愛する者と共に生きることが幸福なのだよと、語っているようであった。




(了)
ご愛読ありがとうございます。
良き初冬の晴れ晴れとした日々のなかで、明るく、爽やかにすごされますことを、祈ります。
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プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
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