スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

短編小説・鹿鳴館と公家4

短編小説・鹿鳴館と公家4


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2


                                  短編小説・鹿鳴館と公家3




明治二十三年一月十七日、十八日の両日。
黒田総理大臣主催の、鹿鳴館の舞踏会は、国内外の貴女、紳士を鹿鳴館に招き、開催されたのである。
政権の強大化を企画し、自ら新総理大臣の地位を狙う山縣有朋内相、伯爵は、絶好のチャンスと捉えたのである。
政権の中枢は、朝廷から、薩長藩閥出身の武士に、大きく移ろうとしていた。
三條の内府は、山縣伯爵の野望を察知し警戒していたのである。
三條西様を始め、九条公爵や、二条様、一条様の公爵懇親会のメンバーは、どのように動かれたのであろうか。
朝廷が外交、なかんずく欧米外交に力を入れていたことで、(和をもって尊しとなす)との、精神性が見え隠れするが、全ては、歴史の闇の中に消えていったと、言わざる得ないのである。
とある日のこと。場所は四条家の邸宅。
「花麻呂様」
と、奈都子。彼女は、四条家を訪問していた。
花麻呂は、本流の主座に位置していた。四条家といえば、精華の名門である。
特に、朝廷、公卿の、築山、造園、又、華道、和歌に優れた業績を残していた。
花麻呂は、やがて不動産事業に進出していくのである。
「これはこれは、奈都子様」
と、丁寧に頭をさげる花麻呂。
「まあ、花麻呂様ったら、最近、急に丸くなったようですねえ」
と、奈都子。
「商売は、お客様を大切にしないとね」
と、言って笑わせる花麻呂である。
「ええ、そうですはねえ。今日は、我が家の庭の手入れを、お願いしようと思って来たのです」
と、奈都子。
真似るように、頭を下げたのである。
「これはこれは、やはり幼馴染というものはありがたいもので」
花麻呂は、うれしさを隠しきれないでいる。
二人の会話はやがて慶喜公爵様や、紀州徳川公(十五代)の、維新後の在りように移っうていった。
「慶喜公の存在が大きく見えてくるようになりました」
と、花麻呂。
「皮肉なものですねえ、紀州徳川公も、尊王の志のある方と聞き及んでおりますが」
と、奈都子。
「案外、徳川様の方が条理があるかもしれませんねえ。つまらぬ攘夷派と一緒にされては、
たまらなかったでしょうねえ」
と、花麻呂。
「尊王の、御志(おんこころざし)は、厚いかもしれませんねえ」
と、奈都子。
「やがて、会津の松平様も見直される日が来るかもしれませんねえ」
と、花麻呂。
「朝廷では、楠木正成以来、忠義に生きる者を尊ぶ伝統がありますから」
と、奈都子。
「敵ながら天晴れなやつと、賛嘆したものです」
と、花麻呂。
「忠義に生きる者は、話を聞いていてもすがすがしい」
と、奈都子。
しばし、目を閉じる奈都子。
亡き父が語ってくれた言葉が、蘇ってくるのである。
「本当の敵は、徳川様より、驕れる攘夷派ではなかったのか」
と、奈都子は語る。
「驕れる攘夷派が敵だったのか」
と、花麻呂。庶民も、公家の人々も、やがて訪れる時代の、悲哀を味わうことになる。
さて、このような世相を反映して、三條の内府主催の、鹿鳴館の晩餐会は随時行われることになっていくのである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
白浜砂夫の電子書籍




ランキング
投票お願いします。
にほんブログ村 ポエムブログへ


人気ブログランキングへ



ブログランキング

ブログ王

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
3721位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
小説・詩
86位
アクセスランキングを見る>>
砂夫ちゃんカウンター
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。