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短編小説・鹿鳴館と公家3

短編小説・鹿鳴館と公家3


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2




侯爵や伯爵は、精華の人々と、旧大名家の人々である。
松平若狭守と山内土佐守は侯爵となり、尊王の功臣は、子爵や男爵になったのである。
朝廷から頂いた爵位と、政府における役職とは一致しない。
政府の中枢は、薩長の出身者が占め、旧公卿は、爵位では高い地位に置かれたのである。
同年一月四日。午前八時三十五分。大隈重信外務大臣は、新橋発の汽車にて、熱海温泉へ休養に出かけられたのである。
この熱海温泉で、密会した人物は誰か?
山縣白爵の使者ではないかと推察するのである。
長州閥の強大化をめざし、薩摩閥を圧倒しょうという野心は見え見えである。
この野心は、やがて、陸軍に、山縣閥をつくりあげたのである。
最初にして最大の軍閥といってもいい。大正時代の中頃まで、その勢力は、他を圧倒していたのである。黒田総理大臣の地位は、風前の灯火なのか?
その頃、歌小路文麿と奈都子は、日本橋界隈の食堂で、昼食を取っていたのである。
「見守ってくれる優しさより、傍にいて強く抱きしめてくれる激しさのほうが好き」
と、奈都子。
「俺には、そんなことはできないねえ」
と、文麿。
「そうだと思うわ」
と、奈都子。
「うん、それは恋なんだ」
と、文麿。
「誰か、好きな人ができたんだねえ?」
と、溜息をつくのである。
「まだ、よく分からないの」
と、どこか冷めた奈都子の言葉である。

明治二十三年一月八日。元老院開院。
午前九時より、各議員参院して審議に当たれり。
ちなみに、当時は伊藤枢密院議長、柳原副議長ということである。
一月十日。公爵懇親会は、芝紅葉館において開会されている。
この公爵懇親会には、徳川慶喜公爵は入っていない。
芝紅葉館、歴史は夜作られる。
当館では、後日、清国公使主催の晩餐会が行われているのである。
(清国、豊島沖海戦まで五十三ヵ月。八月一日、宣戦布告。日清戦争始まる)
懇親会は、例年三月を以って開会される定めになっていたが、本年は、一条実輝氏の欧州旅行につき、その送別会を兼ねて開かれたのである。
「一条公爵の、旅行の狙いは」
と、孝道。自宅での友人との会話は続く。
「元は、対等条約にあったと思います。日本と中国との間は」
「明治四年調印の、日清修好条規ですか」
と、孝道。友人は、それが交戦への道に繋がりかねないというのである。この友人というのは、以前私塾を経営していたことがあり、私塾の経営に関しても、先輩に当たる人なのである。
さて、新春の文学界はというと、二葉亭四迷が、小説『めぐりあい』を、森林太郎が、『小説論』を、歌及び新体詩では、佐々木光子が、『春の歌』を、発表している。
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プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

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