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短編小説・砂に書いた漢字5

短編小説・砂に書いた漢字5



                                   短編小説・砂に書いた漢字1

                                   短編小説・砂に書いた漢字2

                                   短編小説・砂に書いた漢字3

                                   短編小説・砂に書いた漢字4

                                   
先生達は動いた。
一軒一軒、添削して回ったが、やはり微妙な筆の運びは、直接子供の手をとって教えた方が効果的だった。正子の筆を持つ手に、先生は手を添える。
「先生の手は暖かいねえ」
「暖かいでしょう」
「うん、お母さんよりも暖かいみたいね」
加代先生も、目頭しらが熱くなってきた。
さて、悲劇は大人より、子供の方によけい涙を流させる。なすすべを持たない子供だからこそ、余計に涙があふれて止まらないのだろう。昭和十九年十二月七日、東南海地震発生。
学校は大打撃を受けた。
(注)厳しい軍政下にあった日本、東南海地震は、アメリカ空軍の航空写真、直後の十二月十日に写した百枚の写真が残されている。場所は、尾鷲市の熊野灘の漁港。
体験者は、同年十月三十日に、大地震があった語っていたが、これは、前ぶれと捉えるべきか、二つの大地震があったと捉えるべきか、言論に厳しい軍政下では、白日の下になることは少ない。
大地震により、全ての学校は大大打撃を受けた。正子の家や、豊子おばさんの家、好子おばさんの家も、それなりに打撃を受けた。
しかしもっとも打撃をうけたのは、詩織の家庭だった。詩織の父が経営する機械工場は、壊滅した。やがて大邸宅を失い、大好きなお手伝いの弘子とも、離ればなれになっていくのである。正子は、必死になって、今はさ迷っている詩織を捜した。歩けば歩く程、地震の恐ろしさを思いしらされた。地震で割れ目に落ちて死んでいった人々。
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短編小説・砂に書いた漢字4

短編小説・砂に書いた漢字4



                                   短編小説・砂に書いた漢字1

                                   短編小説・砂に書いた漢字2

                                   短編小説・砂に書いた漢字3

                                   
文字といえば、ひら仮名の、そのままなのだから。
「これは、幸せになる、幸子の、幸(さち)っていう字だよ」
「さちこ、、、、さちこ」
「そうだよ、幸子ちゃんだよ」
「じゃ、これは」
と、詩織に質問する。詩織うなずきながら
「これはね、良い子になる、良子ちゃんの良(よい)という字だよ」
「よしこ」
そう言って、正子は微笑んだ
「詩織ちゃん」
「正子ちゃん」
二人は、顔を見合った。
「書いてごらんよホラ、この砂の上に」
「うん、書く書く」
後に続いて、正子も指で書いてみる。詩織は昨日、書き方の時間に習ってきたのだった。
当時、三年生といえば、書き方の授業では、仮名と漢字を交えた、一行に三字の六字書きで通していた。四年生になると、一行に四字を書く、八字書きになり、初めて行書を習うようになっていた。
ある著名人が、出版した、自伝記の中で記している。初めて行書を習った時はうれしかった。まるで、大人の仲間入りでもしたような気持ちになった。
正子は、漢字に秘められた父や母の愛を知ったのである。

「教えておくれよ。教えておくれよ」
正子は詩織にすがった。
「うん、うん」
詩織はうなずいた。それからの正子は、友子おばさんちの仕事を終えてから、いそいで帰宅するようになった。幸子や良子の世話をして、砂場のある川辺に向かうのが、常になっていた。正子は詩織が学校から帰ってくるのを待った。詩織は、始めの頃は足取りが重かったが、段々足早に、川辺に向かうようになっていた。詩織も月日を重ねると、教室の黒板に向かう目の色も変ってきた。これは不思議、学校での成績もグングン上がっていった。
正子は正子で、時々は、サツマイモをふかして持っていつた。二人は石の上にすわって、サツマイモを食べた。よく語り合うようになっていた。
「詩織ちゃん、大きくなったら何になる」
「まだわからないけれど、先生になるかもねえ」
「正子ちゃんは」
「私はね、私はお嫁さんになる」
正子は嬉しそうに言った。
最近の正子は、いたって明るい子供になっていた。隣家の豊子おばさんや、好子おばさんも引きずられるように、朗らかになっていった。
正子の家に、中村加代先生が訪問したのは、
一段と明るくなっていった頃のことだった。加代先生は、ブリキ製の煙草盆(たばこぼん)のような硯箱をひっ携げて来ていた。正子は、書き方練習帳を出して見せた。
加代先生は半紙を出した。
「うわー、半紙だ」
正子には、とても半紙を買う余裕などなかった。加代先生が、正子の為に買ってきたのだ。
やがて、学校では、机間指導に力を入れることになった。

短編小説・砂に書いた漢字3

短編小説・砂に書いた漢字3



                                   短編小説・砂に書いた漢字1

                                   短編小説・砂に書いた漢字2

                                   
正子の顔を、覗き込む。
「今、はたらく所を探しているんだ」
正子の言葉は、大人の言葉のようでもあった。
「じゃ、学校は」
「学校、もう行けないよ」
正子は泣いてしまった。詩織も一緒になって泣いた。しばらくしてから、正子は近所の雑貨屋<食品、酒類販売を兼ねている店もあった>さんで、お手伝いすることになった。
雑貨屋の友子おばさんはいい人だった。友子の御主人も、出征して一人になっていた。二人は朝、青果市場へ行って、野菜や魚を、リャカー一杯、仕入れてくるのが日課になった。友子はリヤカーを引いた。正子は後ろから、リヤカーを押した。押しながら声を出した。
「野菜はいらんかね。魚はいらんかね」
かごを持ったおばさん達が集まってくる
「正子ちゃん、大根おくれな」
「人参おくれな」
「イワシの丸干しはどうかねえ」
正子はすすめる。
友子の元気な声が、あたりに広がっていく。店に帰るのは、昼の二時過ぎになっていた。
帰るときは、売れ残りの魚と、野菜をもらうのが常だった・
「おばちゃん、ありがとう」
正子には、幸子や良子が、おなかが一杯になって喜こんでいる顔が浮かんでくるのだった
とある日のことだった。
好子おばさんの手伝いを終えて、帰ってきた。正子は、外で幸子と良子の相手をして遊んでいるおばさんが目にはいった。それは、担任の中村加代先生だった。。

「正子ちゃん」
「加代先生、、、、、先生」
「正子ちゃん、元気だった」
心配そうに、正子の顔を、ジット見詰める。その姿は、余りにもやつれていた。
「先生」
そう言ってから、加代先生に抱きついたまま、泣き出してしまった。先生は、正子を少し離してから言った。
「負けちゃだめだよ」
先生は、書き方練習帳を正子に渡した。書き方練習帳というのは、母親が作るものであった。新聞紙二枚に、半紙一枚の割で、和綴じにしたもので、手で携えるようになっていた。
正子は、加代先生につき返そうとした。先生は必死になって止めた。
「それを返すと勉強できなくなってしまうよ」
「だって先生、学校なんか行けないよ」
正子は言う。
「学校を忘れてしまうよ」
加代先生は答える。
「忘れたくない」
そう言って、練習帳を抱きしめた正子。それは、日曜日のことだった。
詩織は、正子を、よく遊んだ川辺に呼び出した。
川にはハエやフナがよく泳いでいた。エビだって釣れた。砂浜にまで川ガ二が来て遊んでいる。詩織は、砂浜で大きく字を書いて見せた。<幸>と<良>という字だった。
「この字知っている」
詩織は、正子に問いかけた。正子にはわからない。
正子には、漢字そのものがわからない。
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
白浜砂夫の電子書籍




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