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詩・悲しみのアリア〔再掲〕

詩・悲しみのアリア〔再掲〕

悲しみのアリア、、、、、我が心の歌
悲しみのアリア、、、我が心の叫び
ああ、、、果てしなく続く、物語よ
ああ、、、悲劇と、喜劇と、苦闘の
人生の物語に、終わりはあるのか

私は逃げない、逃げてはならないのだ
勝利をこの手に掴むまで

悲しみのアリア、、、、、我が心の歌
悲しみのアリア、、、我が心の叫び
高らかに、歌いながら
未来を目指して、歩き続けよう

平成二十四年七月二十七日作

〔注〕アリア、イタリア、オペラ、又は、オラトリオの中の、抒情的な独唱歌曲、詠唱、詠嘆曲
〔注2〕詠唱、節をつけて、詩歌を歌うこと、
詠嘆、詠嘆法、声を長く引いて歌うこと、詠嘆法、「ああ、何をか言わんやの類」
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短編小説・美しき魔性の女10

短編小説・美しき魔性の女10



                              短編小説・美しき魔性の女1

 
                              短編小説・美しき魔性の女2

 
                              短編小説・美しき魔性の女3

 
                              短編小説・美しき魔性の女4

 
                              短編小説・美しき魔性の女5

 
                              短編小説・美しき魔性の女6

 
                              短編小説・美しき魔性の女7

 
                              短編小説・美しき魔性の女8

 
                              短編小説・美しき魔性の女9




季節は、やがて夏をすぎて、初秋から、深まりゆく秋がくる。
九条喜一郎、深夜にパソコンに打ち込むように、小説を書く。
ちょっと疲れたときは、ラジオにスイッチを入れて、音楽を聴いている。
歌謡曲、秋止譜、風立ちぬ、流れくる歌がいとおしくてならない。
「音楽は良いものだ。心の疲れを癒してくれる」
と、ひとり言。あの人は如何しているのだろうかと、思う人。そう今は思う人になっているあの人は、どんな活躍をしたのだろうか。
この頃、安田万理子は、輝いていた。まるで水を得た魚のように、ダイナミックな行動をしていた。時代が彼女のような人を、必要としていたのかもしれない。
内なる心に、激情を秘め、それでいて、美しさ、物静かさとを、併せ持っている女性。
その、内なる激情が、情熱から行動へと変ってゆくとき、その人は、輝いているというべきであろう。安田万理子は、そんな女なのだ。万理子は、幼稚園の園長兼、保育所の所長の大任を引き受けたのである。この年代の子供たちというのは、育て方によっては、一生を左右することもあり、また、最も育てにくい年代でもあるのだ。即断即決できる、行動派の女性が必要だと考えるのである。
それは、お盆も過ぎて、二十日の頃のことであった。
喜一郎の友人がもたらしてくれた、その話というのは、
「安田というのは、結婚後の名前で、旧姓ではないですねえ。離婚後もそのままできていますねえ」
と、彼は驚いたように語るのである。
「へえ、そうなの」
と、言いながらも、別に驚くような素振りも見せない。そんな女性は、今の時代は沢山いるし、喜一郎自身、そういう女性を、数人は知っている。愛に生き、憎しみと哀れさをだき、今も、愛と憎しみの間(はざま)でもがきくるしんでいるのではないだろうか。
「まあ、どちらにせよ、彼女は、結婚前から、安田の名前をよく言っていますから、近親結婚に近いものがあったかもしれませんなえ」
と、喜一郎。姓名の持つ重みを、今の時代のひとは知らないと思う。安田も正田も、古くは朝廷に通じる姓氏である。近衛といい、一条といい、二条、三條といい、そう、九条といい、並のものではない。
「もっと、時代を、千年、百年、単位で見なければ、答えが見えてこないような気がするのです。三年や五年でわかるものではないと思う」
と、喜一郎は言う。
「そうですねえ、イスラム教や、キリスト教には数千年の歴史がありますから」
と、友人。この彼が、経済学のプロであり、大の歴史好きと言うのは、不思議ではある。
思い出せば、喜一郎は、養母、富子の愛によって、貧しかったけれど、最も庶民らしく、庶民としての、喜びも悲しみを味わってきた。
では、朝廷はと書くべきであろう。九条喜一郎を、どのように見守ってきたかというと、時々は、様子を見にきていたようである。自宅近くに、財閥系の鉱業会社と書いたライトバンが止まって見ていた。その他にも、色々あったけれど、それが、喜一郎自身、結婚すれまで続いていたと、認識している。
「平安時代から続いている歴史、それが朝廷であり、今の皇室が続く限り、日本が、〔和〕を重んじる国として、生きられるでしょうねえ」
と、喜一郎。
「そう、歴史が語る重みか」
と言う友人を、玄関まで見送るのである。

俳句・秋二題

俳句・秋二題

(壱)
中秋や
満月に見る
未来(あした)かな

〔注〕中秋の名月、旧暦、八月十五日、
平成二十五年、九月十九日、夜十時半、満月の空


(弐)
キリギリス
泣きて彼岸の
夜明けかな

〔注〕彼岸、九月二十二日、日曜日、午前二時半から三時頃
二十三日、彼岸明け

詩・微笑みの大空

詩・微笑みの大空

おお、微笑みの、大空よ
ホワイトブルーの空よ
雲ひとつない、澄み渡った空よ

全ての、心の罪を許し
全ての、哀れさを包み込み
過去の、悲劇の数々も
まるで、名ドラマの、一場面だったんだ、と、
そう語りかけているようでもある

おお、微笑みの、大空よ
お前の、偉大さは
活躍する為の、エネルギーと
この、地球上に、希望の光を投げかけることなのだ

平成二十五年九月二十七日朝八時
澄み渡った青空の下で

白浜砂夫、作

詩・慕情〔再掲〕

詩・慕情〔再掲〕

文芸誌、純情、初版、平成二十四年二月二十九日、二版、掲載

著者兼発行者、ペンネーム、白浜砂夫
本名、林孝治、

ああ、君恋うる、日々は、幸せでした
別れることの、辛さより
一人で生きる、悲しみよりも
ただ、空白の、時は流れて
ああ、思いだせば、君恋うる日々
ああ、君恋うる心は熱く
今も消えないでいる

歌詞か予定
二番、三番を創作したいと、考えております

白浜砂夫

短編小説・美しき魔性の女9

短編小説・美しき魔性の女9



                              短編小説・美しき魔性の女1

 
                              短編小説・美しき魔性の女2

 
                              短編小説・美しき魔性の女3

 
                              短編小説・美しき魔性の女4

 
                              短編小説・美しき魔性の女5

 
                              短編小説・美しき魔性の女6

 
                              短編小説・美しき魔性の女7

 
                              短編小説・美しき魔性の女8




さて、八月十五日は、喜一郎と万理子のデートの約束の日であったが、万理子にスッポカサレテしまったのである。
果たして二人のこれからはどうなるのであろうか。
ほんの少し日々はながれて、
「万理子さん、一緒に食事しない」
と、喜一郎の受話器からの声、その声は決して暗いものではなかった。
「あら、すっぽかしたりして、怒ってないの」
「いいや、万理子さんのことだから、何か事情でも起きたんでしょう。そうでしょう」
「そうよ、私にとっては、とても大切な事よ」
と、万理子。開き直っているようでもあるが、喜一郎さん、わかって欲しいと、叫んでいるようでもある・
「じゃ、レストランで食事でもしながら、その話を」
「まあ、うれしいわ」
「車で迎えにいくよ」、
喜一郎が、万理子の自宅、まあ、借家ではあるが、車がついたのは、ほんの、しばらくのことであった。
保育園児、所謂、未来っ子であるが、あなどってはなない。個性もあれば、希望もあるだろう。そうそう、小さいながらも、いままで 生きてきた歴史というものがある。
「子供を育み、将来を信じ、希望の火(ほのを)を灯し続けてあげること、それは、保育園の先生として、大人としての責務ですわ」
と万理子。
「うーん、園児か、その家庭に、何かあったんだね」:
「そうよ、そうなのよ」、
万理子は、同調を求めたのである。万理子は輝いていた。
新しい時代の夜明けは、万理子の活躍を待っていた。

万理子、君は不思議な女・そして数々の難問を引き寄せてくる魔性の女。
八月十五日は、万理子にとって、大変重要な日であったようである。ます、教え子の園児の家庭に起きた問題。
万理子は優しいから、
「万理子先生来て、お願い」
との、園児の、受話器からの悲痛な叫に、とるものもとらず、約束をスッポカシテ、
園児の自宅に向かったのである。
万理子は、病院を退院した後、この、八月一日から、保育園に勤めていたのだ。
そこには、昔の万理子の面影を残しながら、昔の万理子ではない、大人の女の色っぽさと、
人生の修羅場をくぐってきたしたたかさがあった。
そして、八月十五日の昼。
来訪者は、これからの万理子の人生を決定づけるものであった。
愛知県にある、日本芸術音楽大学は、本年、世界に通用する音楽家、ピアニストを育成する目的で作られた、付属高校、付属中学、付属小学校と、幼稚園と保育園をもつ、超大型の学園なのである。
理事長は、清原富士麻呂、副理事長兼高校長に、板垣征二郎。同じく、兼中学長に、西条九十九(つくも)が着任している。
この日の来訪者、五条正人は、愛知県岩倉市の出身で、生家は、大口町との境、五条川のほとりにあった。五条正人は、理事長清原の信頼のもと、経営していた、東京の保育園を整理して、監事になったのである。万理子は、この保育園で、はじめて先生と呼ばれるようになった、思い出深い保育園でもある。
五条正人が語るには、付属小学校の校長と、幼稚園長と、保育園の所長が決まっていないという。鉄は熱いうちに打てといって、理事長をはじめ、二人の副理事長も、大変に、重要視」しているのだと言うのである。
「おそれおおいことです、私に、幼稚園長と、保育園の所長になれというのです、それも、兼任です」
「相当、高くかっていますねえ、五条さんは、あなたのことを」
と、九条喜一郎。
「ええ、嬉しいような、つらいような」
と、万理子、複雑な表情をする。
「確かに難問ですねえ、でも、ピアノの、早期教育には、賛成ですし、もちろん鉄は熱い内に打てというのは、どの道にも通じることだと思います」
と、喜一郎。
「万理子さん、音楽に対する、ロマンとか、情熱はあるのですねえ」
と、喜一郎。」
「ええ、音楽が大好きです」
「それがあれば、大丈夫ですよ」
と、喜一郎。新たな展開を喜ぶのである。

歌詞・京都の母

歌詞・京都の母

母よ・あなたのふるさとは
縁えと、心通わす、御霊あり
帰りたい、ああ、、、帰りたい、、、
情けある町、千代の都は
母の心のそのままに

母よ、あなたの面影は
東山から嵐山、浮かび来る
帰りたい、ああ、、、帰りたい、、、
涙あふるる、永遠(とわ)の和歌(うた)聞け
母の心の、そのままに

母よ、あなたの清らかさ
賀茂の川から、宇治の川
帰らない、ああ、、、帰らない、、、
無情なるかな、帰り来ぬ人
無名(たみ)の心のそのままに

詩・生きてることは幻ではない

詩・生きてることは幻ではない

ああ、、、いつ果てるかもしれない
我が生命の旅路よ
ああ、、、いつの日か
我が人生の旅路に、終着駅はあるのか
誰よりも、貴方よりも、忍耐強く、寛容に生きてきた
そう、そんな心算でいるけれど
貧しさと、孤独の年月が
重なっていくだけのようだ
これでいいのか?
生きていることは幻ではない
あの人を、愛した青春の日々を
義父母から、愛しい娘を、奪い取るように、結婚した私よ
娘や息子の家族は、捨てたのか
見捨てられたのか?
それは、幻のよう
羅針盤をもたない、さすらいの船のよう
誰か、生きてることは幻ではないと
そう、忠告しておくれ
俺は、今、反省と、懺悔の日々を送っている
これで良いわけはないだろう
生き抜くことの重たさと、生き抜くことの素晴らしさを
知らしめるために
おれは、人生の名優にならなくてはいけないのだ
いまからでも遅くない、それが人生の旅路なのだから
映画の主役のように、名演技をしなくてはならないのだ
そう、幻のような、情けない人生から、おさらばしようぜ

平成二十五年九月十六日作

歌詞・君に愛を捧げたい

歌詞・君に愛を捧げたい

君に愛を、捧げたい
この、溢れくる、涙は
誰の為
ああ、踊らずにはいられない
胸の痛みよ

聞かない、今は、静かに
私が語る、その日まで
聞かないで、今は、優しく
見守って、いて欲しい

君に、語ろう、愛の告白
とめどなく、流れくる、溢れる涙
止まる、その日に

作、平成二十五年九月五日
白浜砂夫
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
白浜砂夫の電子書籍




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