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短編小説・美しき魔性の女3

短編小説・美しき魔性の女3



                              短編小説・美しき魔性の女1

 
                              短編小説・美しき魔性の女2




安田万里子が入院した、名東病院は、名古屋市西区の、城北、名古屋城のすぐ北にある。
名古屋、なんと悲しき声なる街よ。九条喜一郎の養母、山内富子は、この名古屋は、八事にある日本赤十字病院で、長い闘病生活を送ったのである。これは、喜一郎の生活を過酷なものに、追いやったことは間違いない。それゆえに、喜一郎は、人の悲しみや、辛さ、等など、同苦出来る人間に成れたのかもしれない。
安田万里子の父、安田善作もこの日赤病院に入院していた。二人が始めてあったのは、この、八事の日赤病院であったのだ。
さて、喜一郎は、約束の明日に送れて、明後日に、再度、名東病院に、万里子を見舞ったのである。
「万里子さん、申し訳ありませんねえ、昨日は、急用が入ったもので」
「ううーん、こちらこそ。喜一郎さんは、忙しい人だから、反ってこちらの方が、恐縮しますは」
と、万里子。その言葉は、流れるような静かさ、静かさの中に秘めた一途さ、それでいて、相当の教養を積んだ、言葉の数かず。
「言葉は、うそを吐かない」
と、喜一郎の独り言。
「え、何か言われました」
と、万里子。その瞳は煌めいていた。
「独り言ですけれども、語る言葉には、教養の有るなし、人格の優れているか、いないか見えてくるものなんです。そう思わずにはいられないのです」
喜一郎はいったあと、万里子に見舞いの果物篭を差し出すのである。
「喜一郎さん、本当にありがとう」
と、万里子。こぼれくる笑顔。それはまるで、今日の日本晴れの空に似ていた。
それから、数日が過ぎて。
病室から見る空が、やけに眩しい午後のことであった。万里子は、心の命じるままに歌っていた。〔めだかの学校は川のなか、だれが生徒か先生か、みんなでお遊戯しているよ〕
その声は明るく弾んでいた。前日に、個室から大部屋に移っていた。万里子は、何故か気が楽になっていた。
「まあ、懐かしいわ、子供の頃に帰えったみたい」
と、同室のお婆さん。嬉しそうに言うのである。
「御免なさい、迷惑だったわね?」
「ううーん、良いの、何か歌って」
「歌っていいの?じゃ、歌っちゃうわ」
万里子は歌う。過ってとった杵柄、若き頃は、保育園の先生をしていたのだ。
〔兎追いしかの山、小鮒つりしかの川、夢は今も巡りて、忘れがたし故郷〕
「まあ、懐かしい、懐かしい」
と、手を叩いて喜ぶのである。
「まあ、おばあさんたら、まるで私のお母さんのよう」
「そうよ、お母さんよ」
と、答える声は、お婆さんの若き日々の声であった。故郷よ、それは、心の故郷か?それとも生まれ育った故郷か?二人の胸の内を掠めたものは。
万里子は、故郷には帰らないだろう。帰りたくないのだ。
〔故郷は遠きにありて思うもの、そして悲しく歌うもの〕とわ、太宰治の名文である。
それが、万里子の故郷なのであろう。
では、この御婆さんにとっての故郷は?
九条喜一郎は、異質の作家である。その人が、何処に心の故郷を持つか、奥底は何処にあるかを、最重要視するのである。彼にとって万里子が、心の片隅に残っていたのは、合うべきものに合っていたということであろう。
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詩・永遠の花

詩・永遠の花

永遠の花・それは愛しさ
永遠の花・それは内なる心に咲いた花

永遠・それは愛の形
永遠・それは愛の総称
永遠から永遠へと繋いでゆく
生命のリズムのなかで
永遠の花は、枯れることなく
咲き続けてゆく

あああああ、悲しみよ、苦しみよ、悩みよ
そして、憎しみや、恨みさえも
永遠の花を飾る、色香でしかないのか
色香でしかないのだ

永遠の花、それは愛しさ
私にも、あなたたにも、そして君にも
内なる心に咲いている花よ

永遠の花が咲き誇ってこその、永遠の愛
永遠の愛の為に、永遠の花は枯れることなく
咲き続けなければならない
あなたの心に咲く花よ

短編小説・美しき魔性の女2

短編小説・美しき魔性の女2



                              短編小説・美しき魔性の女1



万里子さんへの、喜一郎の言葉。
「お子さんを、お宅の家まで送り届けたあと、明日にでも又、見舞いに来ます」
「すみません。ごめんなさい」
と、手を重ねながら、拝むように言う。
「これって、大きな愛、中くらいの愛、小さな愛、昔、あなたが言ってた言葉」
「まあ、九条さんたら」
と、言ったあと噴出してしまうのである。
「じゃ、万里子さん、又明日来ます。あ、これって、小さな愛なんだよね」
と、喜一郎。自身に語りかけているようでもある。
「そうよ。小さな愛よ」
と、微笑みながら言う。万里子には解かっているのだ、何も聞いたことがないけれども、
幼い頃、父と母を失い、孤独のうちに生き抜いてきた喜一郎の人生。
「私を生んでくれた母の故郷か、父母が生きた家で死にたい。それが、子供として、幸せな人生だと思うが、私には叶わない」
これは、喜一郎から、万里子に語った数少ない言葉である。どちらかと言うと、聞き役に回ることが多いのである。
万里子は不思議な女である。人の重荷や、悲しみがわかる女なのであろう。
大きな愛には、大きな悲しみや、大きな悲劇があるものなのである。小さな愛にも、小さな悲しみや、悲劇はある。
「喜一郎さんて、優しすぎるるのね、でも、そのほうが良いのかもしれない」
と、独り言を言ったあと、病室の照明を切るのである。
愛には、憎しみが、裏返しのように有るという。ならば、大きな愛には、大きな憎しみがあると言わざる得ないのである。
人は、愛と憎しみの間(はざま)でどう生きていけば良いのだろうか。如何生きて行くのが良い生き方なのだろうか、
こうして書いている作者さえ、解からないでいるのだから、人生とは、実に難しい。

詩・我が愛は、祈りから始まる

詩・我が愛は、祈りから始まる

我が愛は、祈りから始まる
余りにも高すぎる、理想の為に
余りにも不可能な、希望のために
ただ其の事の為に、奈落の底に落ちていくからだ

詩歌の世界よ、永遠たれ
日本の文学よ、世界の最高峰たれ
直ぐに、絶望する弱き心と、段々、萎んでいく行動力を
取り戻す為に
祈らずにはいられないのだ

祈り、祈りよ
何と強きものよ
祈りの中から未来を掴むまで
私は祈る

短編小説・美しき魔性の女1

短編小説・美しき魔性の女1



時は午前一時半、九条喜一郎の書斎の電話、その電話器が鳴った。
「九条さんのお宅ですか」
「はい、九条喜一郎です」
「名東病院の名和といいますが」
「名東病院?果て」
「安田万里子さんと言う方が救急車で搬送されてきたのですが」
「安田万里子さん。ああ、あの人」
「ご存知ですか?」
「ええ、まあ」
「それは良かった。相当やつれています。低血糖で、心臓も弱っています。このままでは危険です」
「うーん、あの人は、安田さんは」
「ええ、それにお子さんが心配そうに、へばり付いている、いえ、より添っている」
名和医師は、姿、現状と、救急車で運ばれてくる前後の経緯を、丁寧に説明するのである。
「直ぐ来ていただけますか」
「うーん、ええ、直ぐいきます」
「ああ、待っています」
名和医師は、安心したように、電話を切った。喜一郎は、急ぎ急ぎ、正装に着替えたのである。万里子さんといえば、何度も男に騙され捨てられた。
病弱であったが、三人の子をもうけた。三人の子は父が違うけれど、大変仲がいい。
喜一郎は、車を走らせる。万里子の面影を追い求めながら。万里子のことは、嫌いではない。むしろ、立派だと思い続けてきた。どんなに、大変な苦境と、病気のなかにあっても、
子供を捨てたいとは言わなかった。
「どうしょうもない、馬鹿な女でしょう」
と、万里子の言葉。その言葉は自嘲ぎみであった。
「いいや、一度だって、子供を捨てると言わなかった、君を立派におもう」
「そう、有り難う」
二人が、しみじみと語りあったのは、遠い年月のことであるが、喜一郎は本心を語っている。彼は、自殺する人物とか、子供を捨てる女が許せないのだ。
「人は、許せないものなかに、人格と宿命を見るようでね」
と言って、別れた、あの時の二人だった。

人は悲しみの海を、誰でも持っている。その海が、果てしなく広く、そして深いかの違いだけであろう。彼、九条喜一郎も例外ではない。
泳いでも渉れない悲しみの海よ、それゆえに、人の人生は、計りがたく、複雑に展開してゆくのであろう。
彼女、安田万里子は、この悲しみの海に溺れても、人生の半分を生き抜いてきた、それも、「人生は、測りがたく、予測も衝かない」
と、喜一郎に言わしめるのである。まさか、病院の、それも、救急センターで再開するなんて思ってもみなかったのである。
「御免なさい。でも、来てくれてありがとう。無理を聞いてくださる人は貴方以外に思い当たらなかったの」
「良いですよ、私で役にたつなら」
「本当は、来ないと決めていたの。これも予測のつかないことかしら」
と、言ったあと、急に泣き出したのである。
「泣いたらだめだよ。君らしくないよ」
「有り難う。そうよね。明るいだけが私の取りえですものねえ」
と、確認もとめるように言うのである。
「根明かと、笑顔が、きみの良さだよ」
交わす言葉のあと、まじまじと万里子を見詰めるのである。ああ、こんなにもやつれてしまつて、言葉にもならない、溜息にもならない、そんな、囁きがもれるのである。
これは、重病であることは、誰の目にも明らかであった。
「失礼します」
と、言って病室に、名和医師が入ってきた。
「暫らく、入院してもらう事になりなすが、よろしいでしょうか?」
「ええ、いいと思います」
と、受け答えする喜一郎。
病状について説明する名和医師。それを聞いている喜一郎。二人の会話が、万里子に漏れ聞えてくるのである。

随筆・高山の女達に贈る

随筆・高山の女達に贈る

平成五年三月十五日・新聞広告紙の裏面に書いた随筆

「奥飛騨にも、春が来ましたね。春がここにも。ホラ」
こんな言葉で、春を迎えた喜びを、私が笑顔が毀れんばかりに言ったら、
「奥飛騨の冬も、とっても良いものなんですよ」
と言った後、自らに頷くように
「雪の降る朝市、赤い中橋、陣屋、そして風情のある街並みがあって、それは、とっても良い所だと思います」
こう語ってくれた女。貴女もやっぱり高山の女なんですね。私は、高山が好きです。特に春、秋の高山は、大好きです。けれども、冬の高山は好きにはなれません。好きにはなれない私なんです。でも高山は、私の第二、第三の故郷なんです。そして私に、恋しさと、刹那さと、悲しみを抱かせる町なのです。
会社の営業で、初めて秋の高山祭りに、訪れて以来、高山が大好きになりました。
「飲む程に、心に沁みる暖かさ」
こんな言葉も飛び出してくるのです。酒店の前を行き交う旅人に、酒を売る女主人から、一口、二口いただく私。楽しい一日を過ごしました。あれから、高山へは、ドライブで行ったこともあるのです。愛と別離の悲しみを流す町。印刷所から配達の仕事を請け負うようになってからは、何度か訪れました。
川筋をうねって走る国道四十一号。どこまでも続く道。飛騨川の水の流れは、何時も満々としていて、それでいて青青しい。いつも寂しさを抱いている私の心を慰めてくれるのだ。
菓子工場に辿りつけば、いつも待っているのは、暖かな言葉と、美しい女達です。
高山の女達の言葉は、物静かで、優しさがあるのです。又、皆さんも、きっと気がつかれると思いますが、肌がとっても白いのです。そして他には例みない、厳しい冬を、逞しく生き抜いている、強さをもつているのです。
そういう貴女達こそ、春を迎えるのに、相応しい人達なのではないでしょうか。
〔春を愛する人達〕とは、貴女達の為にあって良い言葉だと思えてならないのです。
私は、そんな貴女達が、大好きでならないのです。
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
白浜砂夫の電子書籍




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