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案内

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この一年、愛読者の皆様の、支えで、無事に、終了することができました。
厚く厚く、御礼申し上げます。
皆様が、良き新年を迎えられますよう、御祈り申しあげます。
新年、一月二日付けより、スタートしたいと、思っております。
どうか、よろしくお願い申しあげます。
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歌謡詩歌・水仙の花(再掲)

歌謡詩歌・水仙の花(再掲)

(1)
求めてもなを、叶わない人
ただ一人の、貴女だけなの
水仙の花、貴女の花よ
しなやかに、清らかに
凍えるこの手で、摘んだ花よ

(2)
全てを無くし、一人なって
貴女のことを、尚更思う
水仙の花、伝説の花
気高くも、美しい
霜初月の、花の咲く頃

(3)
貴女以外に、愛せないから
将来(あした)を雪に、埋めて行くの
水仙の花、永遠(えいえん)に咲け
何時までも、何時までも
貴女の心に、生きていたい

掌編小説・裸の画家5(了)

掌編小説・裸の画家5(了)


                                        裸の画家1


                                        裸の画家2



                                        裸の画家3



                                        裸の画家4



その時も、知りたいと思ったけれど、職員室での教師の厳しい姿勢が、孝夫に勇気をあたえなかった。そのことも、画家を目指さない理由の一つになっていることは間違いない。
二人は、控え室に移った。
文子は孝夫に甘えて見せた。
「父が住んでいる・・・釜山には帰ることはないと思うの」
と、文子。これは、プロポーズ?と考えて良いのだろうか。
「孝夫さん、今晩、抱いてくれる」
「オイオイ」
文子らしくない、ストレートな物言いある。
「今晩、抱いてほしい」
「駄目とは言わないよ、この俺も」
「じゃ、今晩、行くわね」
「ウン、待っているよ」
「私、今晩から、あなたを困らせたり、甘えたりする、女になるわ、いい」
「画風に合っていないね」
と、孝夫。それでも、何故かホットする気分になれた。
文子も、孝夫も同じことを考えていたのだ。文子は、心に決めて今日を迎えたのであろう。
「画風ねえ、画風も変っていくこともあるわ」
文子の決意、妻として、画家として生きるのだ。それは、孝夫を苦しめること、孝夫の人格をボロボロにしてしまうことになるかもしれない。
「私、何度でも、何度でも、このお腹、膨らませてやるわ。この子達が、日韓の架け橋に成ってくれるはずよ」
「それを、愛の架け橋?と言うのだろうか」
と、孝夫。
「ええ、そうだと思う」
「情熱あふれる、洋画が出来るのだろうねえ」
「ええ、裸の私をさらけ出したような、そんな洋画が」
文子は夢みる、孝夫が作ってくれたアトリエで、、孝夫が子守をしてくれるアトリエで、私は、洋画を画き続けて行く。
孝夫は、そっと優しく、抱きしめたのであった。



(了)

詩・天空を駆け巡る愛に捧げる

詩・天空を駆け巡る愛に捧げる

我が生母よ、我が養母よ
我が愛しの恋人よ
今は、天空を駆け巡り、私の存在を見詰めている
あなたたちよ
この大空を眺めながら、私は語る
無意識の中に知る、終末の舞台を
無意識の中に知る、終末の時を

私は、あなたたちに捧げる
この世に生を受けた、目的と意義を
あなたたちは、そう教えてくれているのだ

生き抜くとは、生き抜くとは、生き抜くとは
最高の兵法なり
生き抜いて、将来に希望を繋ぐことこそ
勇者なり、とは、これも悟りなるかな

平成二十四年十二月十二日朝・作

掌編小説・裸の画家4

掌編小説・裸の画家4


                                        裸の画家1


                                        裸の画家2



                                        裸の画家3



美術展に出かけては、彼はいつも、絵画向かっては、語り掛けていた。
「絵よ、お前は俺になにを語りたいだ?」
孝夫はきっと、教えて欲しかったに違いない。
洋画とは何か?二人の仲の在るべき姿は、日本と韓国と、離れ離れになるような事になっても、愛は続くのか?
いや、本当は、もっと奥深いところうの。人生とは何か、愛とは何か、一人一人の、人間の尊厳とはなにか、洋画よ、私は、それが、教えられるというなら、大したものだと思うのである。孝夫と文子の仲は、分岐点にきていたのかもしれない。
孝夫も又、文子が好きだった。文子以上に好きだったのかもしれない。
孝夫は、少しばかり思うことがある。もしかしたら、おれが画家になるべきだったのかもしれないと。
孝夫は、小学校、中学校時代、県展、市展の少年部門で、教育委員長賞をとっていた、常連だったからだ。画家を目指すべきだったのではと、愚かにも思ったりもしているのである。しかし、文子との会話の中で、いまだに心の中に残っていることがあると言う。
時々、思い出しては、出せなかつた答えに、苦笑いするのである。
画家を兼ねた美術教師。それは、中学校一年生の時のことだった。
美術教師は、職員室に来なさいと、孝夫を呼び出したのである。彼の画いた絵画についてだった。
教師は、聞いた。
「これは、何と読むんですか?」
絵の右下、隅に『独』と言う字が画いてあった。何故、こんな字を画いてしまったのか分からないでいる孝夫。
「ひとり・・・と読みます」
と、苦し紛れに言うのである。
「そういう読み方はない」
と、強く叱る教師。
「画くなら、孤独とか、独りとかと、画くべきだったねえ」
と、教師。
確かに、それは不思議な絵だった。何でこんな絵を画いてしまったのかと、悔やんで、職員室を後にした孝夫だった。
それから数日後のこと、何時もの美術の時間のことである。生徒の画いた絵が、教師から、返されていったのである。そこには、赤で、A、B、C、と、記るされてあった。最後に、孝夫の絵画を持ち上げて、
「この絵は、大変良く出来ました。よく見ておいて下さい」
そう言って、しばらくして、孝夫に手渡したのである。あの時、教師は、孝夫に、何を言いたかったのであろう?未だに分からないでいる。

掌編小説・裸の画家3

掌編小説・裸の画家3


                                        裸の画家1


                                        裸の画家2



「それでなければ、絵がけないかもねえ」
「以外と、大芸術家ほど、奇抜なことを考えるものだよ」
「如何して、作品を完成させてゆくのかしら」
「大下絵を作って、後はなぞる様に、描き上げゆくという、やりかただろうね。そういう手法もある」
「大下絵、・・・え?」
「知っているよねえ」
「・・・?」
「スケッチから始まって、下絵、大下絵を描いて、絵画を作るやり方だね」
文子は、黙って聞いていたけれど、たぶん知っているのだろう。
「大下絵というのは、実物大のものを絵がくんだ。鉛筆や、コンテでねえ。唯、色を塗ってないだけなんだ」
「わかったわ」
「一流になる人程、一つ一つを積み上げてゆく根気と、緻密さがあるのかもしれない」
「そうねえ」
「それに、大胆さがあればなお良いだろうね」
「ありがとう」
文子はようやく、プロの画家の仲間入りをした程度なのかもしれない。
「スケッチとか、下絵とか、・・・」
文子が聞いてきた。
「そうねえ、一流の画家程、スケッチとか、下絵、大下絵なんかに、素晴らしいものがあるね」
下手な画家の絵より、素晴らしいものがあるという言葉は、文子にも理解できた。
「もう、それ自体が、芸術だよ」
と、孝夫。
「芸術ですよねえ。私もよく、スケッチに出かけるわよ」
と、文子。
「そうだね。きっと世にでる作品の、何倍ものそれらが、画家の家には残ってように思えてならないんだよ」
「充分考えられますわねえ」
「うん」
「私のアパートにも、そこそこは残っていますけれども・・・」
「将来、そういう物も、一流の画家のものであれば、高い値段で取引される時代が来ると思っているんだ」
「それは、分かりませんけれども、やっぱりあなたは商売人ね」
孝夫は、苦笑いした。苦笑いしたけれども、あえて反論しなかった。努力は、天才を作る。時には、気の遠くなるような、持続力が必要となる。
その苦労を償ってやれるのは、お金でしかできない。
それが分ってきた孝夫だから、苦しくもあった。孝夫はよく一人で、個展や、展覧会に出掛けた。文子が、洋画の制作に没頭していて、暫らく会えないときなど、旅に出掛けていった。何時の間にか旅が好きになっていった。旅先の美術館を訪れるというのは、常の出来事になっていった。
宿泊先といえば、ホテルより、何時も旅館を選んだ。宿屋の女将さんから、挨拶を受けると、直ぐに、浴衣に着替えて、大浴場に入るのが好きだった。
小宴会場に入れば、これまた大好きなカラオケが盛会である。遠慮なく仲間に入れてもらう孝夫。流れくる名曲は『釜山港に帰れ』。孝夫が歌うは、『夜霧の慕情』。文子より前の恋人とは、夜霧の中で、泣き泣き別れたと、そう言いたいのであろう。
温泉が、心も、身体にも、休ませてくれることを、経験的に知って来たのだ。
孝夫は、文子が、如何して画家を志ざし、画家に成ってしまったのか、未だにわからないでいる。

歌詞・哀愁の大垣駅(改正版)

歌詞・哀愁の大垣駅

(一)
まだ若すぎた、あの頃に
蓮華のような、恋をした
年上の人、紫の
ああ、大垣は、大垣は、
水の都に、雨が降る
情け知らずの、雨が降る
送らないでと、泣いた女(ひと)

(二)
別れることの、悲しみと
二度と会えない、刹那さを
乗せて汽車は、行くという
ああ、大垣は、大垣は
実り豊かな、秋の柿
食べて別れの、時を知る
未練ばかりが、募る駅

掌編小説・裸の画家2

掌編小説・裸の画家2


                                        裸の画家1



二人の仲は、知る人ぞ知る仲になっている。美術界、とりわけ洋画の世界は、そんなに広い世界ではない。幾年月、肌を重ね、求め合うままに、夜を過ごして来たことだろう。
時には夜毎に、時には、何ヶ月か、会わずにいたけれども、一緒になるとか、別れるとか、
言い争ったことはなかった。語らなくても分かり合えると思ってきた面もある。
本当のところ如何なんだろう。相手にとって良い人でいたいと思っていたのかも?
「今、孝夫さんが、何考えているか、言ってあげましょうか」
「うん、言ってほしいね」
「ウフフフ・・・」
「こら、笑ったりして」
「如何して、招待してくれたのか、考えているのでしょう」。
「そうだよ」。
文子は、又、笑い出した。確かに、可笑しいことに違いない。文子は、改まったように
「ねえ、ねえ、孝夫さん」
「なあに」。
「今まで言わなかったけれど・・・」
「何が?」
「実は私は、父が釜山生まれの韓国人なの」
「韓国の人ねえ」
「私のこと、嫌いになった」
「別に、どうってことはないさ」
「嬉しい言葉ですわ」
「もう、インターナショナルな時代だよ。世界は一つだよ」
「あなたらしい」
と、文子は答える。実際、あらゆるメディアも、コンピューターも、瞬時に世界を写し出してくる時代である。飛行機に乗れば、世界の果てまでも行ける。江戸時代に、朝鮮国王が、日本国に、朝鮮通信使を派遣したことなど、まるで、絵物語の世界のことと思えてならないのである。
「日本と、韓国、北朝鮮、を含めての朝鮮半島。あなたの言うところの世界は一つという考えが広がっていけば」
「いけば、どうなるの?」
「絆、交流の彼方に見えてくるもの」
と、文子。語りだすと情熱的になるから不思議な人である
「華麗なる歴史絵巻が作られていく?」
と、重ねて言う文子。
「絵物語じゃなくて、絵巻ねえ。文子さんは画家だから」
と、言う孝夫。自身に言い聞かせているみたいである。孝夫には、時間と金があった。行こうと思えば、何時でも、飛行機に乗って、香港、シンガポールなど行けるのである。
「この絵なんか、東京の美術展に出品して、大賞を取った絵なんだけど」
と、文子。
「206×159センチメートルの大作ですねえ」
と、孝夫。
「大作ですわ。仲間内では、もう先輩格ですわ」」
と、文子。
「そりゃ、仕方がないよ」
と、孝夫。
芸術家の世界も実力、実績?の世界だと思うのである。
「でも、どうしてこの円周、こんな大きな円周を出したり出来るんでしょうね」
「私には、判りますよ」
と、孝夫。
「それに、見事なまでの、鮮やかな色調、如何して出せるんでしょうねえ。まだまだ、私には、出来ませんわ」
「それは、企業秘密、いや、芸術家の秘密というか、アイデアがあるんだよ」
「誰にも教えない秘密ね」
と、文子。何処で知ったか?理解に苦しむのである。
「秘めたものだね」
「どのようにして?」
「薬の調合に、似ているね」
「ほう」
「色の中に鉄分を混ぜたり、銅を入れたり、色々のものを入れたりして、自分独自の色を作り出すんじゃないのかなぁ」
「きっと、そうねえ」
「そうだと思うよ」
「じゃあ、あの円周は、コンパスでも使って出したの?」
「コンパスでは、小さ過ぎて出せない」
「じゃ、どうして?」
「案外、たらいの桶なんか利用したんじゃないの?」
「成る程ねえ」
「近くにある物を、てっとり早く利用するのも悪くはない」

歌詞・かりそめの恋(改正版)

歌詞・かりそめの恋

(一)
あの人を、思う気持ちに
変りはないの
あの人を、思う心が
私を泣かす

かりそめの恋、ああ、淡雪の恋
消えて儚い、恋だけど
あの人を、思える日々は
幸せだった

結ばれぬ、恋だけれども
不倫じゃないの
心うち、清らかなまま
歩み続けた

かりそめの恋、ああ、淡雪の恋
消えて儚い、恋だけど
溢れくる、涙を超えて
幸せだった

姉のよう、慕う心よ
春待つ心、
君は今、逝きて帰らぬ
遥か彼方よ

かりそめの恋、ああ、淡雪の恋
消えて儚い、恋だけど
夢に見る、まるで二人は
幸せだった

随筆・北朝鮮の金主席は何者ぞ

随筆・北朝鮮の金主席は何者ぞ

あんなに、騒いでいた北朝鮮のロケット発射、ほんの少し前中止になりました。
大して騒ぐほどのことはありません。
昔、そう戦前日本の軍部がしていた、大本営発表を思い出しました。ほとんど嘘、勝利は敗北。撤退は全滅。ほとんど逆であったのです。
金主席は、裸の王様か?時代後れの御馬鹿さん?
世界は一つという本流が、大河の如く流れ出した、今日この頃にあって、世界市民の中の、たった一人に過ぎないあなたが、なにを勘違いしていると、言いたい。
たかが、世界市民の一市民に過ぎないあなた、あなたが、裸の王様に見えてなりません。軍部も、昔の日本の大本営を真似してはいけませんよ。正直に発表しましょうね。
何故、中止になったか。
自然の力に負けたのでしょうねえ。大寒、寒さが原因だと思います。
私も、朝ズボンを履いたけれど、すぐにずり落ちてしまうのです。寒さと飢え?のせいでしよう。きっと、ロケットを発射する筒か何かが、大寒の為に、収縮して、筒みたいな物が役に立たない。そんな簡単なことが、理由だと考えます。大自然の力の前に、戦わずして敗れたと言いたいのです。
金主席殿、戦わずして敗れたりと言わせてもらってもいいでしょうか?

平成二十四年十二月九日朝十時半
徒然なるがままに書きました。
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
白浜砂夫の電子書籍




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