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詩・雨上がりの朝に誓う

詩・雨上がりの朝に誓う

冷え冷えとした
雨上がりの朝、朝靄のなかに
見えてくる未来よ
悲しみが多すぎるから
現実が厳しすぎるから
財力がないからと
嘆いていた自身と、過去に
決別をしよう
私を奮い立たせてきたものは
何だったのか。不可能を、それは不可能として
唯、挑戦への情熱だけではなかったのか
おお、情熱、何と言う良き言葉よ
久しく、忘れていた言葉ではないか
雨上がりの朝、朝霞のなかから
見えてくる未来よ
それは、悩み苦しんだものにだけに見えてくる
シャツターチャンスのようでもある
目に涙を浮かべて、我が内なる魂から見えてくる
未来よ
全ては、世界の平和ために、全ては世界の平和のために
ほんの少しだけでも、ほんの少しだけでも
お役に立ちたい
それが、君らしくて、実に的を得ていると
歌(詩)っているようでもある

平成二十四年十一月二十三日朝作
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掌編小説・哀愁の春日村2

掌編小説・哀愁の春日村2


                                        哀愁の春日村1



生母よ、育ての母よ。
亡き母の存在は、遠い過去のことなってしまったけれど、今も心の中に生きている。又、将来も生き続けるであろう。
でも、あの人は、あの人は、今は思い出の人、かりそめの恋のように、まるで淡雪のよう、儚く消えていく、そういう人なんだ。ああ---あの人は、あの人は、それは、囁きとも、呟きともとれる、言葉の数々であった。
孝夫にとって、ひと時の、幸せな日々が、今は空しかったのであろう。
さらに、水際に出て自問していた。
「私は、如何してこんなにも、孤独なのでしょうか?」
「私は、如何してこんなにも、さびしい男なのでしょうか?」
清流は答えてはくれなかった。
孝夫にとって、この日から、この春日村は、愛しの村になったのである。
駐車場に車を止めて、足速に会場に向かっていたら、
三人の幼子を連れた、一人の女性に出会った。
どちらからというわけでもなく、話し掛けていた。
「何処へいかれます」
「もりもり祭りに行きます」
「私も行くんですけれども」
「あら、まあ、一緒ですわねえ」。
二人は、顔を見合わせて、微笑んでしまったのである。
語り合っているうちに、彼女が一緒の、大垣から来たことを知り、尚更、いろいろ聞いてみたくなった
「今日は、御主人さんは?」
「主人はいません」
孝夫は、その言葉に、何とも言えない、寂しさを感じた。直感的に、この人は、主人と離婚したのだ。そうに違いない。
新しく出来た橋まで来て、彼女を見詰めながら言った。
清流を指差し、
「きれいな水でしょ」
「本当、きれいな水ですねえ」
二人は、しばし見とれていた。
会場のある、春日中学校は、彼女の母校であり、その片隅で、母が待ってくれていることも、会話の中から知ったのである。
「子供の手を引いてくれませんか」
「私でよければ」
「お願いします。子供って、どこへ飛び出すか、わかりませんから」
孝夫には、その、話すところがよく理解できた。彼にも子供がいた。そう、子供のいる夫だったから。
「私に、三人の孫がいるんですよ。三人とも男の子なんですけれども」
「あら、私の子供は、三人とも女の子」
そう言ってから、二人は、思わず笑っていた。
「会う事も許してくれない、まるで遠い存在の娘と孫なんです」。
「そう、そうなの」
「歩くっていいことですね。車では見られないものが、見られるみたいで」
と、彼女。
「そうねえ、歩くって、のんびりしていて、それに、健康に良いみたいね。でも、子供って、やがて疲れてしまって嫌がるみたいですよ」
と、孝夫は言う。もしそうなったら、背中におぶってやってもいいと思った。
急な坂を登って行くと、中学校が見えてきた。三階建ての校舎である。向こうから近づいて来た、若い女性が、彼女に話しかける。懐かしさが一杯のようである。同級生なのだろうか?
積もる話もあるでしょう。田舎のことだから、先々で、多少は、同級生に会うこともあるだろう。
「俺、体育館の方に行って、郷土芸能でも、見てきますから。そういうのすきなんです」
「あら、じゃあ私、お母さんの所へ行ってきます」
何とはなしに、別れ惜しそうに、二人は遠ざかって行った。
体育館では、臨時の舞台が作られていて、合唱や、マジックショーを楽しんで見たりもしていた。時々は、屋上を見詰めたりして、彼女は今頃どうしているか、気に揉んでいた。
無料の春日茶をよばれた後、お茶席にも行った。代金百円を払った。この人は、きっと華道の先生なのでしょうねえ。女子中学生が、抹茶を持って来た。何故か無口になっている女生徒の傍で
「どうぞ」
と言ってくれたのです。
着物姿の先生、それも又、美しいと、孝夫は思った。

掌編小説・哀愁の春日村1

掌編小説・哀愁の春日村1



あれは、いつの頃のことだろう。もう、十五~六年前のことになるだろうか。
妻子と別れたのが二十二年前の事であるから、それから十年後のことであろう。
一人暮らしに、慣れてしまったというより、慣れざるをえなかったということではある。
孝夫が、今は揖斐川町に編入された、春日村にある森の文化博物館を訪れたのである。
それが、もう遠い日の事なのに、昨日の事のように、懐かしく思い出されるのである。
大垣を出発して、春日村役場や、中学校を通り越して、さらに、坂上っていく。
長者平スキー場を越えて、長者の里に辿り着く。
迫り来る山脈と森林に抱かれて、ひっそりと、安らか眠っている。
この長者の里に、彼、孝夫を入れて、何人の人が来ていることだろうか。
数えられる程の人数しかいないみたいだった。
玄関に近づけば、近づく程、それを、押し止めようとする何かがあった。
迫りくる、木々と草花、入る事さえ躊躇われた、小さな洋館が、孝夫には悲しかった。
そう、孝夫の心は病んでいた。長い孤独との戦いが、心を病ませてしまったのである。
全てが、悲しいものに思えたのである。

今日は十月ニ十一日。日曜日である。
何の日でしょう。彼は鏡に向かって、自問していた。
急いで、外出着に着替えて車に乗る。向かう所は、唯、一直線である。過日の新聞記事が、目に留まったのである。
第一回、春日村もりもり祭りに行ってみたくなったのである。
車を走らせながら、山々を見詰めていた。踊る心を必死で抑えようとしていたのだ。
孝夫は、まず森の文化博物館を訪れてから、しばらくして、同じ村にある、細石(さざれ石)公園を、訪れたりもしている。
迫りくる山脈と森。切り込んだ岩礁と、何処にもない清流、それは生まれ出ずる清水と言っても良いだろう。源流を訪ねて、来る人もいるのである。
彼の心は病んでいた。長い孤独生活との戦い。かりそめの恋、そんなの悲し過ぎるぜ、清らかな恋、そんなのもっと悲しすぎるぜ。恋なら、一直線にゴールまで突走しれるものを。森と清水だけが、病んだ心を、優しく慰めてくれるような気がしていたのである。
この公園は、博物館にもまして、人影がなかった。守人の村人が、二人いるだけだった。
今の彼には、最も相応しいところのようだ。
世間から、逃がれるように、隠れるように生きてきた孝夫。誰にも知られず、誰にも見られず清流を眺めるように、語り掛けていたかったのであろう。

随筆・葉牡丹の花を買う季節がやって来た

随筆・葉牡丹の花を買う季節がやって来た

小春日和の日々が過ぎて、寒さが、一段と厳しさを増す頃となりました。
もう少しで、冬、師走を迎える時が来ましたね。冬は好きな食べ物が、一杯あります。
俳句の季語にもある、湯豆腐、汁粉、鍋焼きうどんなど。
それから、ズワイガニを湯でて、熱燗の日本酒を、ちびりちびりと飲む。これを私は、ささやかな贅沢と言っています。
此れくらいの贅沢しか出来ない私なんです。
それから、そうですねえ。花といえば葉牡丹、葉牡丹を、冬、師走を迎える前に買います。
これは毎年のことです。どうしてかというと、新春を迎えるより、師走を迎えるほうが大変なんです。資金繰り、支払いのピークがこの頃に来るのです。もう二十年以上続いています。ここを越えれば新春は自ずと来ると、がんばってきたのです。
白、黄色、紫紅、鮮紅、淡紅色の、アブラナ科の一年草。小さな葉牡丹を買って、新春に、大きくなった花に、こう語るのです。
「お花さん、お花さん、ありがとう。また、私にも正月が来ましたよ」
語る言葉に、花は答えてくれませんけれども、大きく育ったことがなによりの返答だと思っているのです。
「冬来たりなば、新春遠からじ」
心は、センチメンタル。
もうすぐ、葉牡丹の花を買いに行きます。

短編小説・鹿鳴館と公家17(了)

短編小説・鹿鳴館と公家17(了)


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2


                                  短編小説・鹿鳴館と公家3


                                  短編小説・鹿鳴館と公家4


                                  短編小説・鹿鳴館と公家5


                                  短編小説・鹿鳴館と公家6


                                  短編小説・鹿鳴館と公家7


                                  短編小説・鹿鳴館と公家8


                                  短編小説・鹿鳴館と公家9


                                  短編小説・鹿鳴館と公家10


                                  短編小説・鹿鳴館と公家11


                                  短編小説・鹿鳴館と公家12


                                  短編小説・鹿鳴館と公家13


                                  短編小説・鹿鳴館と公家14


                                  短編小説・鹿鳴館と公家15


                                  短編小説・鹿鳴館と公家16



三月の弥生を前にした日のことである。
孝道は、身辺の整理に追われていた。
特に、和歌、書道を教えていた塾生達には、殊のほか気を使っている。一軒一軒訪ねて挨拶している。その言葉は、愛しさに溢れている。彼自身、どれ程の力量があったか分からない。果たして良き師匠であったのだろうか。心痛のうちに廃業していく孝道であった。
「先生、もっと、もっと、教えてほしかったです」
と、言う子もあり、
「先生と別れるのは悲しい」
と、言う子もあり、別離とは、かくも悲しきものなのだろうか。
「先生に教えてもらったことは、きっといい思い出になる」。
と、京子の言葉。
京子の父は小作農の出自である。若かりし日々は、武芸に励んでいたという。官軍に加わり東京へ出て来たのである。最近は、近衛府の衛士となった。謝礼の払えなかった月日も、今となっては懐かしい思い出である。
帰宅すると、奈都子が挨拶に来訪していた。
良子様は得心していたようである。それは、良子も、この清所家に居られないということでもある。その後、良子様は、どのような人生を歩まれたのであろうか?
姉、白川局様にも、孝道にも、誰にも知られず人生を終えたのである。
誰にも知られず、都落ちした、それが良子様の意思表示であったのであろう。
唯一度だけ、風説に聞いたことがある。それは、地方の村長の妻女になったということである。当代一の、京美人と謳われた良子様のこと、久しく伝説のなかで、語り伝えられていったことは間違いない。
「お帰りなさい。あなた」
と、奈都子。その言葉には思いやりがあった。
「ありがとう。奈都子さん」
「塾生さん達には悲しい思いをさせますね」
「貴女も師範代として、悲しい思いをされたでしょう」
「ええ、でも、きっと新しい土地で、良い人達に恵まれるでしょう」
その言葉に、不安というものはない。
「平民、お前はなんという高貴なる者。お前には自由がある。未来がある」
「まあ、孝道さんたら」
と、言って微笑む。
「少し大袈裟すぎたかな」
「いいえ、やっぱり孝道さんは、書家の先生ですわ」
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
二人の明るい笑い声は、清所家の外まで流れていったのである。
そして、旅たちの日を迎えたのである。
三條の内府は、夫人、令嬢を従えて、三月二日。午前八時二十五分、新橋発の汽車にて、鎌倉地方への旅行に出発したのである。
これは、偶然というべきか巡り合わせというべきか。この汽車には、孝道と奈都子の二人連れも、乗り合わせていたのである。
「これは、これは、奈都子さん」。
と、声を掛ける三條の内府。
「あら、内府様、内府様はどちらへ」
と、奈都子。
「鎌倉地方への旅行にね」
と、気さくに答える内府。
「御家族様と」
「うん、家内や娘とねえ」
と、家内に目を向ける内府。奈都子は、深々と頭をさげたのである。
内府様の妻女は軽く会釈をしたのである。
「この人は」
と、訊ねる内府。
「あの、この人は」
と、言って少し思案する奈都子。
「二人で一緒に暮らします」
と、孝道は言う。
「じゃ、結婚するんだね」
と、内府様。
「ええ、まあ」
と、言って顔を真赤にしている奈都子。
「奈都子さんを、沢の上家から奪いとりました」
と、孝道。
「ああ、君なんだね。聞いたところによると、家をとるか恋人をとるかと、言われた時、愛する人をとりますと、言った人がいる」
「ハイ、私です。私には家督も家名も必要ありません」
と、孝道。
「一人の人間として、愛に生きる。成る程ね。そんな生き方もあるんだねえ」
と、内府様。考えられないことではあった。
「ごめんなさい、内府様。大変可愛がって下さったのに」
言葉が詰まって後が続かない。
「まま、まま」
と、言葉を押し止めるような手振りの内府様。
「孝道さんといわれましたね。どうか奈都子さんを宜しくお願いします」
と、内府様。そう言った後から、娘と会話を始めたのである。
孝道と奈都子は、深々と頭を下げたあと、離れていったのである。
孝道よ聞け。
父母の祈りは、あなたの長命にあり。生きて生き抜いて、この世に生をうけた大『仏』恩に報いてほしい。
奈都子よ知れ。
亡き父の願いは、あなたの、妻女としての幸福な人生にあり、久しく添い遂げて欲しい。
孝道は、車窓から富士山を眺めていた。父母の顔が浮かんでくる。
やがて、奈都子は車窓から、太平洋の彼方を見るのである。父母の顔が浮かんでくる。
それはまるで、人は愛する者と共に生きることが幸福なのだよと、語っているようであった。




(了)
ご愛読ありがとうございます。
良き初冬の晴れ晴れとした日々のなかで、明るく、爽やかにすごされますことを、祈ります。

和歌・弐題・逝く秋を歌う

和歌・弐題・逝く秋を歌う

(一)
逝く秋の
夜を楽しみ
やがて朝
パソコン打つ手に
入る力よ

まるで、逝く秋を惜しむように、秋の夜長のなかで、小説、詩歌の製作に励んでいる私、大変ですけれど、楽しみもあるのです。
それは、時々頭をやすめて聞く、ラジオから流れてくる、日本の歌謡曲、哀愁に満ちた歌と曲から流れる、わび、さび、あわれや、いとしさ、その大和心に、思わず涙をながしたことが、幾度かあったのです。
それが、私の幸せ楽しみだと思っています。純情な私、日本人でよかった。大和心よいつまでも。

※釈
逝く、往くには道などが通じる、通っているという、釈もあるので、和歌に通じると、掛けて、晩秋とせず、逝く秋とさせていただきました。


(二)
どしゃぶりの
雨に濡れても
嘆くまい
今日は今日とて
将来(あした)ありせば

※注
明日と書きたいところを、将来とさせていただきました。命ある限り、未来はあると思うから。

短編小説・鹿鳴館と公家16

短編小説・鹿鳴館と公家16


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2


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                                  短編小説・鹿鳴館と公家15



当に、中軸は動かざるを得なかった。
古より続く伝統、それは、花鳥風月にも見られる。
春の花といえば、さくら。秋の紅葉といえば、もみじ。
儚きは花紅葉。ああ、それは奈都子、貴女に似た花模様。
誰が為に咲き、誰がために散ろうというのか。
鹿鳴館にも春秋はある。そこに咲いた花は、幻(まぼろし)の花なり。
当時、欧風化の流れの中で、期待を一心に集めていた。残念なるかな、不平等条約の改正は、志中途で破れたり。
ああ、そして、生ける屍となれり。やがて、庶民の批判と、反撥のなかで、秋(とき)を迎えて消え去っていったのである。
愛する二人は、どうしているのか。忍び愛、人目を隠れるような愛になってしまったのか?
「平民として、心の命ずるままに生きていきたい」
と、孝道の言葉は本気である。
「私は家を出たい」
心に、愛を秘めながら言う奈都子。
「家を出たい。どうして」
「あなたと一緒ですわ」
言葉の意味が理解できなないでいる孝道。
「私より恵まれてきたあなたが」
「恵まれているこいとと、心の奥底は別ですわ」
「こころの奥底ねえ」
「ええ、あなたが平民として生きようと決めた時から、私も家を出なければと、思うようになりましたわ」
「それでいいのですか」
と、孝道。見詰め合う二人。
「それでいいのですわ」
「四条様の若君や、歌小路の若君は、貴女に恋している」
と、孝道。
「ええ、例えそうであっても、私の心の中には存在しませんわ」。
「では、誰が存在しているのですか?」
思い切って聞いてみる。
「知っているくせに、うんん、知っているくせに」
と、拗ねる奈都子。
「あなたを、過去の存在にしたくないのです。もしかしたら、初恋の人は、あなたではないのですか」
と、奈都子。
「そうです。わたしです」。
「やっぱり、初恋の人はあなただったのね」。
「大好きだよ。だから、君を思い出の人にしたくない」
と、孝道。その手で引き寄せてだきしめた。
「私を、何処か遠いところへ、連れて行って下さい」
と、言って泣く奈都子。
「貴女を連れて行きたいのです」
「二人で家を出ましょう」
と、言葉を合わせた二人であった。
この世で、押し止めることのできないものが二つある。大河の流れと恋心である。
ある人達は、己の無力さを嘆き、ある人達は、偉大なる力に感動するのである。
やがて、ドラマは、クライマックスへと近付いていく。

短編小説・鹿鳴館と公家15

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                                  短編小説・鹿鳴館と公家14



「奈都子さん」
「ごめんなさい。泣いたりして」
次の言葉が出てこない。しばし、瞼を閉じる。
「そうですわねえ。仮面の舞踏会は」
「仮面の舞踏会は、どうでしたか?」
「まるで、高慢なるものの、歌劇を見ているようでしたわ」
「仮面の舞踏会こそ、日本の歌劇だと言うのですねえ。仮面は、人間の二面性を隠すには調度いいものかもしれませんね」
「まあ、孝道さんらしい、意見ですはねえ」
「仮面の下に隠した魔性の人格」
と、言って身を乗り出す。
「魔性ねえ。権力奪取への飽くなき野心と、考えてもいいのですねえ」
と、奈都子。
「そう捉えてもいいと思います」
と、孝道。
「今上様は、音楽文化を愛で、奨励され、褒賞金まで出されていますが、それと比べれば、日本の歌劇は、にせものと言わざるをえませんねえ」
と、奈都子。
「それが、魔性の世界だからです。聞くところによると、そう又聞きですが。紀州徳川公の子息は、音楽文化の発展と、欧米世界との交流に、財産をつぎ込んでいるということですが」
と、孝道。
「そうなんですか。もしそうだとしたら、国家という立場でみれば、どれ程いいかもしれませんねえ」
と、奈都子。
「生き様としても、美しい。うらやましい」
と、孝道。
「貴方が、鹿鳴館の舞踏会に、行きたくない理由がよくわかりました」。
「私は、平民です」
と、答える孝道。
「今となっては、平民のほうが幸福なのかもしれませんね」
「そうねえ。そこには、無い者の気楽さがあるから」
と、孝道。
「あなたが、摂家の人だったら、そう気安く会うことができませんものねえ」
「まず、そう簡単にはね。貴女に会うことだって、簡単なことではないのですから」
と、言って目で合図する孝道。
「あなたが平民で良かった」
と、微笑む奈都子。

当時、世間の注目を集めていたのは、何かといえば、やはり、憲法の制定であろう。
大日本帝国憲法の起草は、伊藤博文が、井上毅(こわし)、伊藤巳代治(みよじ)、金子堅太郎らと共に、十九年の秋から着手したのである。
二十年五月上旬。
『甲案』(乙案)を起草したのである。

五月も末、役目を終えた?、ひと句切りがついたとでもいうのであろうか、今上様に辞表を提出している。これは、形式上は、と言うべきであるが、本意であるということもある。これも、歴史の闇というべきであろう。
二十一年四月の下旬、正式な草案として、今上様の元に提出されたのである。
当時の流れとしては、黒田清隆に代表される、薩摩派参議は、旧専制体制を維持しようとしていた。山縣有朋ら、長州派参議は、立憲制『立憲君主制』の導入を計っていたのである。大隈重信、佐賀出身。板垣退助、土佐出身の、急進派は、議員内閣制の導入を目論んでいたのである。

短編小説・鹿鳴館と公家14

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                                  短編小説・鹿鳴館と公家10


                                  短編小説・鹿鳴館と公家11


                                  短編小説・鹿鳴館と公家12


                                  短編小説・鹿鳴館と公家13



そして、少し日々は流れた。
それは、時間を稼ぐというより、次のあるべき行動のための、休養なのか?
気疎しものといえば、好きでもない男の人の邸宅に招かれて、座敷に上がって御世辞の一つでも言うことであろうか。
「個人の境涯を高めてゆくことが文化人の使命であり、其の為に切磋琢磨することを惜しんではならないと思います」
と、文麿の挨拶。
そこかしこより漂う、稀有な文雅の香り、花の香り。それが公家というものであろう。
「歌小路様の父君におかれましても、四条様の父君におかれましても、激動の時代にあって、自身を見失うことなく、文と芸の、文芸の道の上達に励んでおられました」
と、奈都子。
「四条様や、今は亡き沢の上家の父君様は、稀有な文化人と言ってもいいと思います」
文麿は言うのである。
その足跡が、一歩邸宅に足を入れた時、見受けられるのである。歌小路家には、当家の風雅があり、沢の上家には、沢の上家の風雅があるというものである。
「当家を訪ねられて、満足されたでしょうか」
と、文麿。
奈都子と文麿の婚約は、父君が決めたことである。文麿と奈都子が生まれた頃の、男と男の約束事にすぎない。しかし、いきさつを承知している人が高貴なる人であるならば、文麿にとっては、強い見方をえているようなものであった。

とある日のこと。
奈都子と孝道は、草月流華道の、展覧会の会場に来ていた。
奈都子の、生け花に見とれている孝道。二人の会話が、もれ聞えて来る。
「父の傍にいて、三條の内府様や、岩倉様を観ていた時は、ひしひしと伝わってきましたわ」
「何がですか」
「何て言うか、緊張感というのか、張り詰めたものがありましたわ」
と、奈都子。
黙って聞いている孝道。
「四条様や、歌小路様だって、きっと同じ経験をされたとおもいますわ」
「同じ経験ね?」
と、孝道。
「ええ、それはきっと、時代を背負っている人達の責任感だと思いますわ」
「成る程ね。言葉に重みがありますねえ」
と孝道。感心するのである。
「娘だから?そうでしょう」
と、苦笑いする奈都子。
「いいえ、貴女の聡明さが言わせているから」
と、切り返すのである。
「今上様が、維新の大業を成しえたのは、名もない武士や庶民の大活躍があったればこそですわ」
「それを、勤皇の志(こころざし)と言うのでしょうか」
と、孝道。
「勤皇の志でしょうねえ」
「維新には、救国の大義があったのでわ」
と、問いかける孝道。
「大義に殉じて行った、武士や庶民がいた」
と、答える奈都子。
「頭目とし立たれた、公卿の勇気もあった」
と、言う孝道。
「有り難い言葉ですわ。亡き父君が聞いたら、どんなにか、お喜ひになられることでしょう」。
奈都子の目から、人筋の涙が流れたのである。

歌詞・君ありてこそ

歌詞・君ありてこそ

踊れ、ワルツの調べ(リズム)に乗せて
今宵は、二人の愛のために
ああ、歌は永遠、愛も永遠
過ぎ去りし日々、かけがえのない
あああああ
君ありてこそ
君ありてこそ、この人生を
誰が離すかこの手の、温もり

ワルツの調べ(リズム)
ワルツの調べで、踊るこの手を

セリフ「厳しいこの人生。何度、死のうと思ったことか。でも、死ねませんでした。
それは、あなたがいてくれたから、愛したあなたがいてくれたから。愛したあなたのためにも、死ねなかったの」

踊れ、ワルツの調べ(リズム)に乗せて
将来(あした)に繋ぐ、愛の為にも
ああ、素晴らしきかな、この人生を
楽しかりけり、この人生を
あああああ

君ありてこそ
君ありてこそ、この人生を
誰が離すかこの手の温もり、


ワルツ調べ、(リズム)ワルツの調べで
踊るこの手を
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
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