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詩・明日が見えなくても

詩・明日が見えなくても

悲しまないで、泣かないで
明日が見えなくても
誰だってそうだろう
私がそうなんだから

この、大空がある限り、この青空に守られている限り
私は、まだ生きられると思った

悲しまないで、泣かないで
未来が霧に包まれていても
今日を生きられたら
明日はきっと来る
そう思っているから
毎日を、大切にして生きている
そんな、私なんです
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短編小説・鹿鳴館と公家8

短編小説・鹿鳴館と公家8


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2


                                  短編小説・鹿鳴館と公家3


                                  短編小説・鹿鳴館と公家4


                                  短編小説・鹿鳴館と公家5


                                  短編小説・鹿鳴館と公家6


                                  短編小説・鹿鳴館と公家7



「お師匠さんは、花それぞれの値段に関してはまったく無頓着で、それが又、お師匠さんらしいところうかもしれませんねえ」
と、奈都子。
「それでは、支払いは大変ですね」
と、恵理子。
「ええ、いつも後になって、支払いに苦労してらっしゃるようで」
と、奈都子。
「でも、そんなことを考えていたら、花など選べませんものね」
と、恵理子。
「好きな花、綺麗な花で飾りたい一心なのです」
と、奈都子。
「お師匠さんは、本当に花が大好きなんですね」
と、恵理子。見習わなければいけないと思うのである。
「大変だけど、華道の道で食べていけたら、どんなにかいいでしょうねえ」
溜息まじりに言う奈都子。
「そりゃ、私だって」
「そうなれば、少しはあの人の役に立つかしら?」
と、奈都子。
「あの人?」
「う、ん。気に留めないでね」
と、奈都子。彼女は、華道の極美、ものの哀れをよく理解していた。
日本の伝統の美は、家庭を訪れた時にも、見ることができる。下駄箱の上に何気なく置かれた一輪挿しの花。
それは、わび、さびの心を愛る日本の、伝統の文化に通じているのである。

やがて、二月も立春を過ぎて、奈都子再び、鹿鳴館の舞踏会へ行く。
「そうね、三條の内府様は、国民的な人気者ですものね」
と、奈都子。
「成る程、それで鹿鳴館に集う淑女は、内府様を取り囲むのですね」
と、孝道。
「だって、そんな立派な人と、ワルツを踊れるなんて光栄でしたわ」
奈都子の、屈託のない言葉は、孝道を安心させたのである。
「でも」
「でも?」
と、次の言葉を待つ孝道。
「内府様に、負担を掛けてばかりいるのではないでしょうか?」
と、暗く沈む。
「いいじゃないですか。三條の内府様は、奈都子さんのことが、可愛くて可愛くて、仕方がないのですから」
「でも、やっぱり私は、華やかな社交界で生きたいと思いませんわ」
と、奈都子
「どうして」
「あなたの居ない鹿鳴館など、なんの興味のありませんわ」
奈都子の、どこかさびしそうな表情を、横目でそらす孝道。
「私は華族なんかじゃない」
「華族じゃないから鹿鳴館に行けないっていうのね」
「そうだ」
「嘘でしょ、噂によると、摂家の御落胤であっていうことだけど」
と、奈都子。
「う^ん。摂家の御落胤ね。うーん。冗談ですよねえ」
と、孝道。
「でも、あなたには、どことなく光り輝くものがある」

長行詩・君よ、この短き道を、堂々と超えて行け

長行詩・君よ、この短き道を、堂々と超えて行け

君よ、愛と、悲しみと、孤独の、山坂を超えて行け
そんな、人生の山坂など、何の難事であろうか
越えられない山坂など、ありはしないのだ
私は、経験した
君も、経験するだろう
少し思索する時間さえ与えられれば、解決策は浮かんでくるのだ
少し、思索する時間を作ろう
ありがとう古老よ、先達よ
「思えば、人生は短いものである」
「人生は、あっというまであった」
その言葉に、共感する歳になったのかもしれない
人生という道は、長くはない
短いのだと、語ろうと決めた私
君よ、この短き道の為に
君よ、この短き人生に
歩みを止めてはならない
生きよ、命ある限り、堂々と、自分らしく
君よ、愛と、悲しみと、孤独の、山坂を超えて行け
まだ残された人生がある
まだ残された人生の為にも
自身を、光り輝かせるためにも
堂々と越えていけ


作・平成二十四年十月二十七日夜

短編小説・鹿鳴館と公家7

短編小説・鹿鳴館と公家7


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2


                                  短編小説・鹿鳴館と公家3


                                  短編小説・鹿鳴館と公家4


                                  短編小説・鹿鳴館と公家5


                                  短編小説・鹿鳴館と公家6



鹿鳴館の舞踏会は、一月十七日、十八日の両日。
夜も更けての十時に開演されたのである。
訪れる淑女、紳士といえば、華族の壮年婦人や、来日している使節や大公使のである。
どうしてなの、と尋ねられても答える必要もないし、答えるべきでもない。
平民など相手にしない世界が、東京の内幸町の地にあったのである。
鹿鳴館とは、高貴なる者の為にある劇場。四分の三拍手の円舞曲『ワルツ』と、ソナタ形式の、メヌエットの輪舞曲『ロンド』の世界なのだ。
さあ、踊れや踊れ、リズムに乗って、手と手を翳せば夜は微笑む。囁く様な芳香の甘味を
知ろうではないか。そこでのヒソヒソ話しは、新たな歴史を作る魔性さえ秘めるのである。
とある日。
「鹿鳴館の舞踏会は、如何でしたか」
と、孝道。
「ええ、とても華やか別世界に招待されたような気分でしたわ」
と、奈都子。
「それは よかった。。三條の内府様の一声は大変なものなんですねえ」
と、孝道。
内府様に可愛がっていただけるのは、うれしいことなんですが」
と、答えるが何処か元気が無い。
「じゃ、内府様が主催される、鹿鳴館の晩餐会も行かれるということですねえ」
と孝道。奈都子の顔が曇った。
孝道のいない鹿鳴館など、どこがいいのだろうかと、そう思う奈都子である。
「ええ、行きますわ。でも、これで最後にしたいと思いますわ」
と、奈都子。覚悟を決めた一言というべきか。
「どうして、黒田総理だって、ぜひ叉来てくださって、声を掛けられたと。そう聞きましたよ」
と、孝道。理解できない言葉である。
「維新は、今上様にとって、止むにやまっれぬ覚悟と決断があったればこそですわ」
「それは、確かなことですが」
「孝道さんは、鹿鳴館がすきですか」
「いいえ、私は、興味がありません」
「私は、好きになれませんわ」
と、言って立上がった奈都子。
「又、会ってくださいますねえ」
と、孝道。
「ええ、きっと、きっと」
と、奈都子。
さて、日時と場所は移っていく。
奈都子と恵理子は、師匠宅で会話を重ねていた。
定例の発表会が迫っていた。

歌詞・かりそめの恋

歌詞・かりそめの恋

あの人を思う気持ちに、
変りはないの
あの人を思う心が
私を泣かせるの

かりそめの恋、ああ、淡雪の恋
消えてはかない、恋だけど
あの人を思う日々は
幸せだったは

結ばれない恋だけど
不倫の恋じゃないの
二人の心は
清らかだったね

かりそめの恋、ああ、淡雪の恋
消えてはかなき、恋だけど
涙が止まらないほど
幸せだったの

短編小説・鹿鳴館と公家6

短編小説・鹿鳴館と公家6


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2


                                  短編小説・鹿鳴館と公家3


                                  短編小説・鹿鳴館と公家4


                                  短編小説・鹿鳴館と公家5



そして、日々は流れていく。
万葉の時代より、花といえば梅、梅といえば白梅。寒中に百花に先んじて咲く白梅はあまりにも美しい。
香りと気品を楽しんでいる、花麻呂と奈都子。
「四条様」
「はい。何か私に言いたいことが」
「私は、鹿鳴館が好きになれません」
と、奈都子。
「それは、貴女らしくありませんよ」
と、花麻呂。
「それでも、鹿鳴館の良いところを探すならば、何でしょうねえ」
と、奈都子。花麻呂、少し思案の後、
「やっぱり、鹿鳴館に集う人達を見ていただければわかると思いますが、時の政権の、最高機密を手にいれることができるのです」
「最高機密とは」
と、質問する奈都子。
「人事です」
「私には、興味のないことですは」
「人によるのです。三条の内府や黒田清隆総理大臣に、会うこともできるのですから」
と、花麻呂。
「三条の内府とといえば、大君の信頼厚き人ですね」
と、奈都子。
「ええ、それに、、諸外国の高官や、大公使も出入りされますもで、世界の情報を最先に知る事も可能なのです」
花麻呂には、場なれした自身というものがあるようだ。
「私にはまったく興味のないことですは」
と、奈都子。
「あなたは、三條の内府に可愛がられているそうですね。それに、今は亡き父君は、征西鎮撫総督や、外務卿なども務められた方ですよ」
と、花麻呂。
「それがどうだということなのでしょう」
冷たく言い放つ。
「外国の高官にも人脈があるでしょうし、あなたの美しさなら、きっと、鹿鳴館の華になれるでしょう」
と、花麻呂。
「いいえ、私は家を出たいと思っています」
と、奈都子。
「え、それでいいのですか。あなたは家の持つ重たさを知らないのですか?」
と、花麻呂。
「知っているつもりですわ。でも平民になりたいのです」
と、奈都子。孝道の面影が浮かんでくる。
「どうして?」
「平民でなければ摑めない幸福もありますわ」
「あなたが、、、わからない?」
「やはり、目的のある者にとってのみ、鹿鳴館は鹿鳴館なのですは」
と、奈都子。
「華族にとって、鹿鳴館は花の都」
と、花麻呂。
「平民にとって、鹿鳴館は砂上の楼閣ですは」
と、奈都子。
時の政府は、庶民なんか見ていないし、見ようともしなくなっていた。
維新の大業は、名も無き庶民の後押しがあってこそ、成し遂げられたのである。

花麻呂にはえない、奈都子の心底。家を出たいと言うことは、自身の心の命ずるままに、行きて行きたいということである。
孝道と奈都子は会う瀬を重ねていた。
会えば会うほど恋しくなる、彼女の優しさ。
「華道と和歌は、どこか共通点があるように思えてならないのですが」
と、孝道。
「きっと、型があって」
と、奈都子。
「そうですねえ。どちらも定型があるようですねえ」
「私たちは、型と言っていますが、型から入って、心身共に自在の境地を楽しむということでしょうか」
奈都子の言葉は澄んでいた。
「成る程ね、楽しむ境涯にまでなれということですか」
「心の広がりを言ったまでですわ」
と、奈都子。
「優艶を求とし、幽玄の世界に生きるということですね」
「本当に難しい言葉ですわ。でも、きっとそうだと思います」
と、奈都子。その唇は微笑んでいた。
会話は続いていったのである。

短編小説・鹿鳴館と公家5

短編小説・鹿鳴館と公家5


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2


                                  短編小説・鹿鳴館と公家3


                                  短編小説・鹿鳴館と公家4



翌二十三年、一月二十二日に予定されていた晩餐会まで、鹿鳴館を華やいだものにしたことは、まぎれもない事実なのである。
帝國議会の開せつをまえに、初の、衆議院選挙は、同年七月に行なわれたのである。
鹿鳴館は、時代の流れを知っているというべきであろう。
孝道は、養母、良子様によって育てられたのである。
あれは、三歳の頃のことであろうか、生母、宇治の局は、孝道を残して、急逝している。
孝道には生母の記憶がないのである。
実母『じつぼ』に、生母に、養母、公卿の世界は実に難しい。
良子は、昨今独身で通しおているが、浮いた話がなかったわけでもない。
御子左の父ぎみとの、浮名はつとに有名である。
良子は、公家の間では、聡明で、美人な女として、よくしられていた。

さて、良子の姉というのは、白川局とって、摂家の妻女である。もちろん孝道の実母『じつぼ、おんも』ということになっている。良子は、そのことを誰にも語ろうとしないし、かたりたくなかった。
語れば、自分の身の上、独身にして平民の養母にすぎないこの身が、辛くなるからである。また、孝道が母のように慕ってくれているし、本家の執事がなかなか出来た人物で、いろいろ、何かと気を使ってくれているのである。
孝道が、自身が日陰の存在として、自暴自棄にならずに、一つの道を究めようと、切磋琢磨している姿を見るにつけ、平民の親子として生きるのも、一つの人生なのかもしれないと、思い悩んで来たのである。
良子は、御子左の父君との恋をあきらめて、孝道を育てることを選んだのである。
さて、良子は常常、孝道の行く末をあんじていた。孝道に、良家のお嬢さんをと考えるようになっていたのである。その、良子の目に止まったのが、四条様の傍流にあたる香所久爾子様である。
久爾子は良子に招かれて清所家を訪れたのである。
果たして久爾子は、孝道のことを気に入るのであろうか、良子には自信がなかった。
後日、分かったことであるが、この良子の独断な行為は、白川局様の不興を買うことになったのである。
「当家を何と思っているのか。仮にも摂家であるぞえ。格が違いすぎるぞな」
白川局さまの面目は丸潰れである。
なさぬ仲でも、嫡流の子とし、そこそこの格をつけて、形の上からでも、本家から送りだしてやらねばならぬと、そう思い続けて来たからである。

短編小説・鹿鳴館と公家4

短編小説・鹿鳴館と公家4


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2


                                  短編小説・鹿鳴館と公家3




明治二十三年一月十七日、十八日の両日。
黒田総理大臣主催の、鹿鳴館の舞踏会は、国内外の貴女、紳士を鹿鳴館に招き、開催されたのである。
政権の強大化を企画し、自ら新総理大臣の地位を狙う山縣有朋内相、伯爵は、絶好のチャンスと捉えたのである。
政権の中枢は、朝廷から、薩長藩閥出身の武士に、大きく移ろうとしていた。
三條の内府は、山縣伯爵の野望を察知し警戒していたのである。
三條西様を始め、九条公爵や、二条様、一条様の公爵懇親会のメンバーは、どのように動かれたのであろうか。
朝廷が外交、なかんずく欧米外交に力を入れていたことで、(和をもって尊しとなす)との、精神性が見え隠れするが、全ては、歴史の闇の中に消えていったと、言わざる得ないのである。
とある日のこと。場所は四条家の邸宅。
「花麻呂様」
と、奈都子。彼女は、四条家を訪問していた。
花麻呂は、本流の主座に位置していた。四条家といえば、精華の名門である。
特に、朝廷、公卿の、築山、造園、又、華道、和歌に優れた業績を残していた。
花麻呂は、やがて不動産事業に進出していくのである。
「これはこれは、奈都子様」
と、丁寧に頭をさげる花麻呂。
「まあ、花麻呂様ったら、最近、急に丸くなったようですねえ」
と、奈都子。
「商売は、お客様を大切にしないとね」
と、言って笑わせる花麻呂である。
「ええ、そうですはねえ。今日は、我が家の庭の手入れを、お願いしようと思って来たのです」
と、奈都子。
真似るように、頭を下げたのである。
「これはこれは、やはり幼馴染というものはありがたいもので」
花麻呂は、うれしさを隠しきれないでいる。
二人の会話はやがて慶喜公爵様や、紀州徳川公(十五代)の、維新後の在りように移っうていった。
「慶喜公の存在が大きく見えてくるようになりました」
と、花麻呂。
「皮肉なものですねえ、紀州徳川公も、尊王の志のある方と聞き及んでおりますが」
と、奈都子。
「案外、徳川様の方が条理があるかもしれませんねえ。つまらぬ攘夷派と一緒にされては、
たまらなかったでしょうねえ」
と、花麻呂。
「尊王の、御志(おんこころざし)は、厚いかもしれませんねえ」
と、奈都子。
「やがて、会津の松平様も見直される日が来るかもしれませんねえ」
と、花麻呂。
「朝廷では、楠木正成以来、忠義に生きる者を尊ぶ伝統がありますから」
と、奈都子。
「敵ながら天晴れなやつと、賛嘆したものです」
と、花麻呂。
「忠義に生きる者は、話を聞いていてもすがすがしい」
と、奈都子。
しばし、目を閉じる奈都子。
亡き父が語ってくれた言葉が、蘇ってくるのである。
「本当の敵は、徳川様より、驕れる攘夷派ではなかったのか」
と、奈都子は語る。
「驕れる攘夷派が敵だったのか」
と、花麻呂。庶民も、公家の人々も、やがて訪れる時代の、悲哀を味わうことになる。
さて、このような世相を反映して、三條の内府主催の、鹿鳴館の晩餐会は随時行われることになっていくのである。

短編小説・鹿鳴館と公家3

短編小説・鹿鳴館と公家3


                                  短編小説・鹿鳴館と公家1


                                  短編小説・鹿鳴館と公家2




侯爵や伯爵は、精華の人々と、旧大名家の人々である。
松平若狭守と山内土佐守は侯爵となり、尊王の功臣は、子爵や男爵になったのである。
朝廷から頂いた爵位と、政府における役職とは一致しない。
政府の中枢は、薩長の出身者が占め、旧公卿は、爵位では高い地位に置かれたのである。
同年一月四日。午前八時三十五分。大隈重信外務大臣は、新橋発の汽車にて、熱海温泉へ休養に出かけられたのである。
この熱海温泉で、密会した人物は誰か?
山縣白爵の使者ではないかと推察するのである。
長州閥の強大化をめざし、薩摩閥を圧倒しょうという野心は見え見えである。
この野心は、やがて、陸軍に、山縣閥をつくりあげたのである。
最初にして最大の軍閥といってもいい。大正時代の中頃まで、その勢力は、他を圧倒していたのである。黒田総理大臣の地位は、風前の灯火なのか?
その頃、歌小路文麿と奈都子は、日本橋界隈の食堂で、昼食を取っていたのである。
「見守ってくれる優しさより、傍にいて強く抱きしめてくれる激しさのほうが好き」
と、奈都子。
「俺には、そんなことはできないねえ」
と、文麿。
「そうだと思うわ」
と、奈都子。
「うん、それは恋なんだ」
と、文麿。
「誰か、好きな人ができたんだねえ?」
と、溜息をつくのである。
「まだ、よく分からないの」
と、どこか冷めた奈都子の言葉である。

明治二十三年一月八日。元老院開院。
午前九時より、各議員参院して審議に当たれり。
ちなみに、当時は伊藤枢密院議長、柳原副議長ということである。
一月十日。公爵懇親会は、芝紅葉館において開会されている。
この公爵懇親会には、徳川慶喜公爵は入っていない。
芝紅葉館、歴史は夜作られる。
当館では、後日、清国公使主催の晩餐会が行われているのである。
(清国、豊島沖海戦まで五十三ヵ月。八月一日、宣戦布告。日清戦争始まる)
懇親会は、例年三月を以って開会される定めになっていたが、本年は、一条実輝氏の欧州旅行につき、その送別会を兼ねて開かれたのである。
「一条公爵の、旅行の狙いは」
と、孝道。自宅での友人との会話は続く。
「元は、対等条約にあったと思います。日本と中国との間は」
「明治四年調印の、日清修好条規ですか」
と、孝道。友人は、それが交戦への道に繋がりかねないというのである。この友人というのは、以前私塾を経営していたことがあり、私塾の経営に関しても、先輩に当たる人なのである。
さて、新春の文学界はというと、二葉亭四迷が、小説『めぐりあい』を、森林太郎が、『小説論』を、歌及び新体詩では、佐々木光子が、『春の歌』を、発表している。

俳句・中秋を歌う・参句

俳句・中秋を歌う・参句


(一)
中秋に
微妙に消えた
伊吹山


(二)
乱れ雨
崩れ行く空
中秋の朝


(三)
十五夜は
濁流に満つ
杭瀬川


(注)平成二十四年九月三十日は、十五夜。
十五夜は、中秋の名月といわれる。
古より、観月の好時節とされ、月下に清(歌)宴を張り、詩歌を詠(えい)じたとされている。
台風十七号接近、二十九日、那覇市で、最大瞬間風速、六十一メートルを記録。
観測史上三番目の強さ。
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
白浜砂夫の電子書籍




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