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短編小説・交換日記はいかがです1

短編小説・交換日記はいかがです1

喜一郎は仏様の前に端座して、お経を上げていた。
朝は、祈りと共に始まり、夜は、祈りと共に迎える。
九条家の古式(法式)、そのままに、唯、唯祈りを込め、今はこの世にいない、亡き妻の、由香里を追善するのである。
祈りのなかで何を得たというのであろう。
愛した由香里と、会話でも出来たというのであろうか。
亡き妻は、姿こそ見えないが、何時も、そしてどこに居ても、愛する夫を見守っているのである。
常に仏様の、慈悲に守られて存在することを、悲願としている家系なのである。
さて、今日は亡き妻の、命日である。
一人で迎えた三回忌であった。
今更ながら、妻と二人で詩作に励んだ日々が懐かしく思えてくるのである。
妻、由香里は、勝気であった。それ故に、情熱の歌人と、語られた。
喜一郎は、物静かで、おとなしい性格ではあったが、内なる魂は、それは、純愛そのものだった。(愛に生き、愛に死す)、そんなタイプの、詩歌人である。哀愁の詩歌人と語られているが、それは、喜一郎の、別称といってもいいのではないだろうか。

「先生」。
玄関の方から、声が聞こえてきた。
誰だろう。
「先生、赤舟です。上がっても良いですか」。
続いてもう一人の来訪者があった。
「先生、登美子です。上がっても良いですか」。
誰にも知らせてない、一人だけの三回忌だったはずなのに。喜一郎は驚いた。
登美子は上履きに履き替えて、座敷のほうに向かった。
「登美子さん、それから赤舟さん。どうして」。
「お世話になった奥様の命日を忘れることなどありませんわ」。
登美子は、引き出物をさしだした。
「俺も、奥様にはよくしていただいたから」。
赤舟は礼服の上着を脱いだ。
「先生、お茶でも入れましょうね」。
勝手知ったる台所である。登美子は段取りよく、準備に取り掛かった。
「忙しいだろうに、よく来てくれたね」。
喜一郎は、丁寧に頭を下げた。
「先生、一言言ってくだされば良かったのに」。
登美子は笑顔で答える。
赤舟は姿勢を正した。
「先生」。
「歌集を出したいということですね」。
と喜一郎。
「ハイ、登美子さんとも相談したのですが、もうそろそろ歌集を出してもいい頃ではないかと思いまして」。
頭を欠いている赤舟。
喜一郎はうなずきながら、
「そうだね、一区切りだね」。
「有り難うございます」。
赤舟も登美子も頭を下げた。
喜一郎は言葉を選ぶように、
「これを機会に、新しい分野に、挑戦してみるとか、革新の風を吹かしてみるとか、色々やってみようではないか」。
脳裏に浮かぶのは、俳句の、正岡子規のことであろう。俳界の帝王は今も輝いている。
赤舟は、喜一郎の、詩歌に対する情熱は、只事ではないと感じたのである。
「先生、これを区切りに、和歌の奥深さを極めていきたいとおもいます」。
「先生が、私にも言っていたことですね」。
と登美子。
和歌も、俳句と同じで、常に革新の風に晒されるものなのであろう。それに、耐えて来たから、千年のときを超えて、今も、多くの人に愛されているのであろう。
その中で、相聞歌は、愛しい人への、言うに言えない、心のひだを、表現するには、最も相応しいものなのである。
さあ、貴方も、貴女も、愛しい人にわかるような、ストレートな、相聞歌を作ってみてはいかがです。
そして、恥ずかしがらずに、そっと手渡してくださいね。
それは、交換日記と、どこか似たところありますねえ。
言葉で言えない弱き心を、言葉では表しえない、微妙な心のひだを、巧みな表現で訴えること出来るのです。
「詩歌の世界に、ルネッサンスの夜明けを開こうよ」。
と喜一郎。
「まあ、先生、燃えていますね」。
と登美子。
「そうだよ、人の魂を、揺さぶるような、作品を書いてみたいのだよ」。
と喜一郎。
「やりましょう、私たちは」。
と三人の言葉は重なったのである。
由香里の遺影に手を合わせる二人。
「優しい、思いやりのある人でした」。
登美子は、ハンカチで目頭を拭いている。
「奥様には優しくしていただいた」。
赤舟には、後の言葉が続かない。
「オイオイ、湿っぽい話は止めようよ」。
と喜一郎。
「そうですわ、ねえ」。
「さあ、ビールでも呑もうよ。出前でも取るから」。
と喜一郎。
登美子が仕度に取り掛かる。
ガラガラ、玄関のとが開いた。
「今日は」。
と晶子。
「はーい、何方ですか」。
と登美子。
玄関の方に向かって歩くのである。
「九条さん、私です。大鳳晶子です」。
室内を覗き込むように、声を掛ける晶子。
登美子は、一歩前にでて深々と、頭を下げた。
「喜一郎さんは見えますか?」。
と晶子。
「ハイ先生は、今、食事の準備に取り掛かっています」。
と登美子。
じっと晶子を見詰める登美子。
二人は葬儀以来の、対面となったのである。
「あらあら、遅くなって御免なさい」。
と言って引き出物を手渡したのである。
登美子は、座敷の方に案内するのである。
晶子も仲間に加わって、ビールがどんどん空となっていく。
赤舟は質問した。
「先生は、よく、詩歌とか、詩歌人と言われますね」。
「ハイ、詩、短歌、俳句の総称です」。
「その心は」。
と登美子は、間を置かずに聞いた。
「全ては人間の、内奥から発する、魂の叫び、心の叫びなのですから」。
と喜一郎。
赤舟と登美子は、大きく頷いた。
「そうすると、我が内なる心の叫びを、そのままに、歌い上げよと言うことになりますね」。
と晶子。
「正に、そのとおりです」。
喜一郎は答えた。
晶子は、三人の話を、熱心に聞くのである。何故か、嬉しさがこみ上げてくる。そこには、昔と少しも変わっていない
喜一郎さんいた。
「そういえば、大鳳さんも、晶子さんでしたね」。
と赤舟。
「あら、そう言えば、晶子さんですね」。
登美子は微笑みながら言う。
「そうだよ。与謝野晶子の生まれ変わりだと、どんなに良いか、ずっと思って来たんだ」。
と喜一郎。
「恥ずかしいですは」。
思わず顔を赤らめてしまった晶子だった。
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短編小説・交換日記はいかがです ~あらすじ~

短編小説・交換日記はいかがです ~あらすじ~

崩れていく、親子の交流、それが、子供の、学校嫌い、友達と交われない子供たちに、大きな影響をあたえていると思います。
文中に登場する、古都佐和湖、留美湖の親子、交換日記をすることによって、再び心の交流が行はれる様になるのです。
その中で、詩歌人、九条喜一郎が、詩、和歌を指導する中で、登校拒否している、留美湖に、再び登校できるようにと、行動するのです。
ほんの、少しの語らいが、ほんの少しの文章でも、手書きであれば、きっと、心は通うと思います。それは、九条喜一郎にとっても同じことだと思います。
詩歌が、生きていく希望に、少しでも役立つなら、此れも、詩歌人として喜びであるということになるででしょう。

永遠のシルクロード

永遠のシルクロード

おお・・・永遠のシルクロード・・・それは、世界平和への道。
おお・・・永遠のシルクロード・・・国と国を繋ぐ、虹の架け橋。

あなたの内にある、情熱と、神聖なるものが、
旅路へと誘う。
唯、一つの作曲が、唯、一つの詩が、
唯、一つの絵画が、シルクロードとなっていく。

おお・・・永遠のシルクロード・・・シルクロードを旅するあなた。
あなたは、燦燦と降りそそぐ陽射しに抱かれて、
今日も黄金色をしている。

中編小説・天使の君は、輝いているかい???10(了)


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???1


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???2



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                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???4




                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???5




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                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???7




                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???8




                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???9




翌日の午後のことである。
節子が営む民宿、山桜に、和夫、秋男、幸男や好恵のクラスメートが集まってきていた。
豊先生はこの民宿に逗留していたのである。
榛原郡には、良質な温泉が多い。客受けの良い民宿多くある。その民宿の一つが、この山桜なのだ。
節子は常々、華々しい活躍をする三人に比べて、余りにも地味すぎる自身の生活を嘆いていた。このことに付いては、豊先生の雷が落ちたのである。
さあ、豊先生の雷は怖かったであろうか。
「良い妻になること、良い母親になること、これほどの素晴らしい仕事がどこにあろうか」。
「お勤めですか」。
節子は聞く。
「そうだ、家事を切り盛りするというしごとなのだ」。
節子は、それでも三人が羨ましくてならないと、言い張る。
「節子、分かってくれないかなあ」。
と元気のない声になる。
「でも、先生」。
「母親と言うのはね、子供達には太陽なんだ。たった一つだけの。それで充分じゃないか」。
「そうね、そうよね。三人には、代わりになれる人が現れるかもしれない」。
「そうだよ、節子。母親と言うのは、凄い存在なのだ」。
やがて、節子の顔から笑みがこぼれた。
夕暮れが迫るころ、愛子は一日の授業を終えて、民宿山桜にやってきた。
皆は頃合を見計らって、大広間へと集まったのである。
「先生、よく来て下さいました」。
秋男が挨拶する。
「先生、お元気そうで何よりですわ」。
と好恵。美しくなったものである。
話題は、文集の出版に移っていく。反対する者は、誰もいなかった。
「先生、一人一人の作者の名前を入れるのでしょうか」。
と和夫が聞く。
「もちろんさ」。
と秋男。
豊先生は、暫く考えた後、
「ペンネームにしたら面白いかもしれませんねえ」。
と返答する。
「そうね、今度は、不特定多数の人に見てもらうことになりますものねえ」。
と愛子は語る。
やがて、次郎が息も絶え絶えに駆けつけてくる。
「次郎、待ってたぞ」。
と幸男。
次郎は話の輪の中に入る。
「え、ペンネーム、そりゃ良いよ」。
と次郎は言う。
和夫が聞く。
「じゃあ、おまえのペンネームは?」。
「うーん」。
返事に窮する次郎。
「お前は、弱虫くんがいいよ」。
と幸男。
「如何してだ」。
「何時も、シクシク泣いていた、弱虫の次郎君だからさ」。
と話を進める秋男。
夜の帳がおりても、話は延々と続くのである。
「がっかりした」。
と節子。
「節子は次郎君が好きだったから」。
と好恵が暴露する。
意外と、話が盛り上がった時に、ラブストーリーが飛び出してくるのである。
参加者全てが、一泊して帰っていったのである。
卒業文集は、地元の印刷会社の全面協力により、事は手際よく進んでいった。それには、
地元に残っている、愛子や節子は勿論のこと、校長先生を始め、卒業生も協力してくれたのである。
やがて、地元の購買者を始め、静岡県内の小学校、図書館に配送されていったのである。

あれから、豊は生まれ育った三重県の藤原町で、平穏な毎日を送っている。
藤原町には、山懐に小さな博物館がある。
主に化石を主体に集められている。
その、養老山脈に連なる山懐に、豊の生家はあった。
岐阜県養老町といえば、養老の滝が有名である。あの小学校の銅像にもなっていた孝子の伝説の滝がある。
春は春で新緑が、晩秋は紅葉が美しい。勿論、豊は時々訪れて木の香を愉しみながら、定年後始めた絵画のスケッチをしているのである。
藤原町から、岐阜県の上石津町を経て、養老町へは、車で行けば直ぐのところに在る。
さて、恩師の、小泉先生といえば、同じ三重県の、大安町の自宅を引き払って、生家の奈良県奈良市に行かれたのである。
何でも、御子息は、全国的にも評判になっている特濃豆腐を作っているとのことである。先生から届いたお手紙、それは、先生が元気で居るという証拠でもあろう。
豊は、教え子の一人として、これほど嬉しいことは無いのである。先生が、この広い世界の何処かで、生きて居らっしゃる、ただ、それだけでも、ほっとするような、心が満ち足りた気分になるのである。
豊の許に、新しい卒業文集が届けられたのは、ほんの少しの間のことである。
一つの季節を愉しだ後に訪れた嬉しい便りなのである。
それは、天女様に身代わって、教え子たちがくれた、ご褒美なのかもしれない。
豊はまたしても、彼の地を訪れたのである。
懐かしい、あの小さな駅には、愛子が、教え子の北沢良子や、大原裕次郎と一緒に、出迎えてくれたのである。
「先生の、先生だね」。
と言って微笑んでくれた良子。
「そうだよ」。
と答える愛子。
そんな愛子の仕業に、感謝する豊である。

あくる日、豊は山懐に佇んでいる。
思い出に、思い出を重ねるような山並み、感激に浸るのである。
人は人生の歩みとともに後戻りしてやり直したいことが増えくる。
それは、多くの人が自らの内に持つ愛執である。
これは、失った時間の、余りにも重たいという罪の意識に責め立てられるからであろう。
豊は、いい先生になれなかっことを、今も残念がる。
もっと、もっと良い先生になりたかったのである。
そして、彼の地に踏み止まれなかったことを後悔していた。
彼の地は、誰よりも豊を必要としていたのに。
本当は、誰よりも、誰よりも豊を愛していたのに。
この、青空も、風さえも、豊のことを、大好きだと微笑んでいるではないか。
山彦は君が好きだよ風を呼ぶ。
豊は、父なる権現山の頂に向かって、
「愛子、お前は今日も輝いているかい???」。
と叫んでみた。
その声は、山彦となり、山彦は風に乗って、愛子が教鞭をとる、春霞小学校へと流れていったのである。







(了)

御愛読、厚く御礼申上げます。

中編小説・天使の君は、輝いているかい???9

中編小説・天使の君は、輝いているかい???9


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???1


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そして、一ヶ月は流れた日のことである。豊は、押入れの奥深く、柳行李の中に眠っていた卒業文集を発見した。それは、数々の教科書と、アルバムと一緒に眠っていたのである。それは、亡くなった妻が大切に絞まっておいてくれたに違いない。
「ありがとう」。
と呟く。
文集は、豊にもう一度読んでおくれと、そう叫んでいるようでいた。
私達、大人が忘れてしまった、純粋な心の叫びが書き記されている。
秋男の文章より、抜粋してみる。
お父さん、時には一緒にキャッチボールをしておくれ。
何時も、暖かく見守っているのが父親というものだと、語ってはくれるが、俺には、お父さんが見えないでいる。
友よ、君達とはよくけんかをしたけれど、許してほしい。俺は学級委員なのだ、わかってくれ。
これからも、信じあえる友達でいようよ。
先生、先生には逃げないで正面からぶつかっていきたかった。本当は、先生に叱られることが怖くて仕方がなかったんだ。バカだったんだ俺は。いい子ぶってただけなんだ。先生とは、一杯喧嘩をすればよかったんだ。きっと仲の良い兄弟になれたかもしれない。
先生、俺たちが卒業しても、ここにいておくれ。悪いことをしたら飛んできて叱っておくれ。俺は待ってるぜ。
「秋男、御免よ、遠くへ行ってしまって」。
豊は独り言を言う。
愛子の文章より抜粋してみた。天国から私達を見守ってお父さん、本当に有り難う。小学校を卒業することができました。少し大人になったような気がします。これからは、私がお母さんを支えてあげたいと思います。お父さんのように広々としたこころで、支えてあげることが、私の喜びになるとおもいます。お母さんは泣き虫です。いつも、大きな柱に隠れてシクシク泣いています。もう涙の似合わない、お母さんを悲しませたりしません。
「そうだねえ、愛子は優しい子供だった」。
豊の頬を流れる一筋の涙。
こんな時には、モーツアルトのバイオリン協奏曲を聴いてみよう。
CDから流れる調べに、身も心もリラックスしていくゆくことだろう。

それから、半年後のことである。豊は再び学校を訪れたのである。鞄の中には卒業文集が入れられている。豊は校長先生を訪問した。校長先生は笑顔で迎えてくれたのである。卒業文集の出版には、了解を得た方が良いと考えた豊なのである。何故、こんな小さな田舎町の小学校から、卒業生達があらゆる分野で優れた活躍をしているのか、不思議といえば、不思議である。なにか、量ることの出来ない大地の力がはたらいているのだろうか。母なる大井川は、悠久そのものである。父なる権現山は屹立している。この山河に抱かれるように建っている山間の木造の校舎は、芸術そのものである。
木の霊でも住んでいるのであろうか。校舎も又、悠久から、永遠へと続く階段を登ってゆくように見えてくる。
活字とは実に強きものである。永遠にも耐える力を持っている。人の心を打つ文章は、時空を超えて再び、帰るべき人のところに、帰りかえり来るものであろう。卒業文集は、長い年月をへて、再び日の目を見ようとしているのである。今度は、もっと多くの人に読んで頂きたいと思う豊である。
夕方、逗留先の民宿に、愛子が訪ねてきていた。
その顔は明るかった。
「実に良く書けていた。それは、小さな作家の仕業と言ってもいいだろう」。
「先生、如何してなの?」。
愛子は、答えが欲しくて仕方がない。
「子供たちの、直な心、一途な心が書き留められている。感動を覚えずには居られなかった」。
「拙い私達なのに」。
「父親のいない愛子や、母親のいない節子が、必死になって、お父さんやお母さんを守っていた」。
「お母さんが、不憫でならなかったの」。
「有り難う愛子、よく言ってくれたね。その、必死さが人の心を打つのかもしれないね」。
微笑かける豊である。
「有り難う?お礼を言わなければならないのは私達なのに」。
理解に苦しむ。
ふと、それが人柄というものだろうかと、思ってもみる愛子である。
「学ばせていただいたんだよ、生きるってことは、必死になることだったんだと」。
「先生」。
と愛子。
「本当に、よく頑張ってきたね。今日まで、必死に。それが、愛子たちのよいところなんだなあ」。
「私達には先生がいた。先生が見守ってくれている。その思いがずっと続いていたの」。
愛子の目から大粒の涙が流れていた。
「良い先生ではなかったが」。
「それは、私達が決めることですは」。
言葉が出てこないでいる豊。
「お兄さんみたいな先生だった」。
「そういえば文集の中で、愛子は、将来は学校の先生になるって書いてたね」。
「そうでしたわね」。
「愛子が、学校の先生になりたいって意外だった」。
「どうして」。
「愛子は勝気だから、旅館の女主人になるとおもっていた」。
「まあ、先生ったら」。
愛子は、うれしそうに微笑んだ。
会話の中で、教え子の北沢良子や、大原裕次郎のことが気になって仕方がないと言う。
それはきっと、自分の境遇に似ているからだろう。
豊には、豊富な人生経験がある。
「自立心のある子なら大丈夫だ。立派な子になるぞ。先が楽しみだね」。
「先生、有り難う。それは、遠い過去の、私でも在るわけですね」。
「そうだ、どちらもだ」。
愛子、頷く。
「天使の君が輝くとき、全てが輝く」。
「ハイ、先生」。
「光、輝け愛子、頼むぞ。君が輝けば、教え子たちは、引っばられて、輝いてくる」



中編小説・天使の君は、輝いているかい???8

中編小説・天使の君は、輝いているかい???8


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???1


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さて、好恵はといえば、中学校を卒業後、すぐにというべきか、待っていたというべきか、東京へと出ていった。昼間働きながら、夜はデザイナー学校で学んだ。
あの、細身の好恵がと偲ぶとき目頭が熱くなる。また、どんなに苦しくとも母親は母親だな、思うのである。どう工面しているのか、時々は好恵に、地元の物産や、新品の衣服を郵便で送ったりしていたのである。不遇の好恵に幸運があったとすれば、彼女の作品が校長の目に止まったということであろう。この、女校長こそ、ファッション業界のドンと言われている人物だからである。やがて、もう一つの幸運が訪れるのである。地元静岡出身の実業家、この実業家は、やがて経団連の副会長を務めるまでになるのである。人材王国静岡の草創たる人物といってもよいだろう。この人が資金援助してくれたのである。彼女のパリ留学は、遂に実現したのである。
静岡は良い所ですね。名は体(大地)を表す。その良き大地の一つ、本川根町は、郡の北端に位置する町で、東は静岡市、北は長野県に接している。昭和三十一年、大井川上流右岸の旧上川根村と、左岸の東川根村が一つになって町制を施工したのである。
町は、黒法師岳、光岳、藁麦粒山など、千五百―二戦メートル級の山々に囲まれ、中央を大井川、寸又川、大間川などの大小河川が流下している。良質美味な川根銘茶の産地として知られ、また杉檜などの良材を産し、しいたけ、わさびなどの特産がある。
見所としては、寸又峡と接岨狭の景勝地であろう。
寸又狭温泉は、その深勝の足場として、利用客が多いのである。寸又峡温泉から上流へ二
十分ほど歩いたところに、大間ダムに架かる高さ約十五メートル、長さ九十七メートルの吊り橋がある。その橋の名は、『夢の吊り橋』、という。エメラルドグリーンの湖面を眼下にし、歩道部分に狭い二枚板を繋いで、ただ連結させただけのもので、スリル満点である。恋人たちが、お互いを庇うように、手と手を繋げば結ばれるということもあると言う。春には新緑が、秋には紅葉が優しく微笑んでくれるのである。
有り難う、優しき山河よ、美しき心の故郷よ。とうとう約束の日は来た。
豊と愛子は再会した。
二人が長い歳月を経て心ゆくまで語りあったのは、(夢の吊り橋)、の近くにある展望台であった。
「絶景かな、ああ、絶景かな」。
豊は、大声で言った。
「まあ、先生ったら」。
愛子は吹き出してしまったのである。
思い出の中で生きていた先生に、今ここに居る。
愛子の心は躍っていた。話したいことは一杯有るけれど、ただ、先生が会ってくれただけで、心は救われていったのである。
「豊先生、うれしい」。
と愛子。
「こちらこそ、あなた達を教えていたようで本当は、あなた達から、色々なことを学んだような気がする」。
教えることと、学ぶことは表裏一体なのかもしれない。
最もよく学ぶ人が、上手に教えることが出来るということであろう。
「私達は、先生から多くのこと学んだのですよ」。
と愛子。
「有り難う、こんな先生だったけれど、そう言ってくれるだけで、幸せだよ」。
と豊。
「私達にとって、先生は何時までたっても尊敬する対象ですは」。
「想だろうね。先生という重荷を背負って、その後の人生を生きてきたのだから」。
「私達は重荷になったのですか」。
愛子は寂しそうな顔をした。
「先生は生徒達の、心の故郷でなければならない」。
と言う豊。
「何時でも、山の頂に存在しているようなものですは」。
と愛子は答える。
「それが、重荷なのかもしれない」。
「先生の言葉には、計りしれない深さがありますは」。
「それも、背負う荷物次第だね」。
「まあ、先生ったら」。
「そうだねえ、ウン、愛子が光り輝いていれば、ほんの少し肩が凝った・・・。そういう事かな」。
「まあ、先生ったら、本当に、少しも変わっていない」。
愛子はたまらなく嬉しかった。
「天使の君が、輝いているとき、私は、先生をやらせて貰って良かったと、そう、感謝できるんだよね」。
「天使、私は天使?」。
「そうだよ、神様や、天女様から預かった子供なのだ」。
愛子は理解に苦しむ。
「教え子と言うのは、天女様から預かった、大切な子供なのだ。立派に育ててお返しする責任があるんだ」。
「そうですはね。私達は、何時も先生の心の広さに包まれていたような気がしますわ」。
愛子の目から微笑が見える。良き大人には、子供達が喜んで集って来るように、そして、同じ職業につきたいと、希望する子供も現れるのである。先生も同じなのであろう。
愛子は、地元の教育大学を出て、小学校の先生になった。
愛子にとって、豊先生は遠い過去の存在ではなくなったのである。
愛子には、豊先生への熱き思いがあったけれど、今は相談してみたい事が一杯あった。
その、相談したい子供の名前は、父のない子は北沢良子。母のない子は大原裕次郎。
愛子の教え子たちである。それは、まるで、遠い過去に演じられたドラマの再演なんだろうか?。
愛子も又、思い荷物を背負った人生を生きていくというのであろうか?。豊先生なら、どう対処されるか聞いてみたいと思うのである。
山峡の美しい自然に抱かれて、話が弾んだことは間違いない。

歌謡詩歌・水仙の花

歌謡詩歌・水仙の花

求めてもなを・・・叶わない人
ただ、一人の貴女だけなの
水仙の花・・・貴女の花よ
しなやかに・・・清らかに
凍えるこの手で・・・摘んだ花よ

全てを失くして・・・一人になって
貴女のことを、なお更思う
水仙の花・・・伝説の花よ
気高くも・・・美しい
霞初月(かすみそめづき)・・・花咲く頃は・・・霞初月、旧暦一月の古称

貴女以外に・・・愛せないから
将来(あした)を雪に、埋めていくの・・・水仙(伊豆の爪木崎、越前海岸などに群生)
水仙の花・・・永遠(とわに)咲けよ
いつまでも・・・いつまでも、貴女の心に・・・生きていたい
いつまでも・・・いつまでも、貴女の心に・・・生きていたい、。

貴方も、貴女も、詩歌をつくってみませんか

貴方も、貴女も、詩歌をつくってみませんか

貴方も、貴女も、詩歌をつくってみませんか。
人間ルネッサンスの夜明けを開こう。
貴方も、詩歌を作ってみませんか。
積み上げられた日本の、伝統芸術のなかで、詩歌は私達を至高の文化の世界へ誘ってくれるでしょう。
詩歌は詩と、和歌と、俳句の総称であり、その心はと言えば、魂の叫び、内なる声の叫びなのであります。
それは又、詩歌の世界では、貴方達一人、一人が主役であることを意味しているのです。
左様に、これ程高貴で、平安の調べを愛し自然を愛しむ、文化は有りません。
又、大和の言の葉に秘められた、和心『平和』と清らかで静まりしむる音声から発する朗読は、聞く人の心をとらえて離すことはないでしょう。
そして一つ一つの物語に秘められた人生の奥深さを偲ぶにつけ、この道に生きていくことは幸せなことだと思います。
銀河に星の流れのごとく、永遠から永遠へと繋いでいく、生命のリズムのなかで、輝き続けていくでしょう。


中編小説・天使の君は、輝いているかい???7

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やがて、卒業式の日は来た。
『仰げば尊とし我が師の恩、教えの庭にも早行く年・・・』。
歌は流れる故郷の山河に。仰ぎ見れば澄み渡る大空の優しさ。
泣かないで、泣かないで、こんな陽射しの日は、微笑みを返しながらお別れしようね。
こんな、良い子供達の先生で要られことの喜びと、切なさが、豊先生の人生に、輝きをもたらしているのだから。
卒業式の無事に終了した。
教職員がほっと一息つくのもこのころのことだ。
どんなに新しい木造の校舎でも、時を重ねていく中で、やがて、丘や林に溶け込んでゆくものである。
青黄色い苔に年輪を感じるのは不思議としかいいようがない。
そこには学童達が付けた傷跡が、多々見受けられる。
校舎の歴史は彼らが作るのである。
その温もりが恋しくてならない豊先生である。

さて、人生の歴史はどの様にして作られるのであろうか。
一つだけわかることがある。
それは、小学校の先生の影響が、余りにも大きすぎるということである。
三月三十一日の朝。涙色した大空に舞う小鳥よ。
「先生、行かないで」。
愛子は叫んだ。
豊は、無言で借家の門をでた。
風説は、どんなにか母、孝子や愛子を苦しめたかしれない。
さて、豊に孝子を慕う心がなかったかというと、有ったというべきであろう。
慕う心とは、恋ではない。まして愛なんかじゃあない。
それは、姉をも慕う心にも似て、淡きものなのである。
その、言葉で表しえない、淡きもの為に、切なくも苦しんだのである。
「先生、何処へ行くの」。
節子は泣きながら叫んだ。
「さようなら、元気でいろよ」。
豊は手を振った。
「先生は俺達を見捨てていくのか」。
秋男の声は怒っていた。
段々、遠くなっていく豊の姿が二重三重に浮かび上がる来る。
「豊先生・・・豊先生・・・」。
合唱は風に乗って、山間を流れていった。
町の中心地に向かって、とぼとぼと、歩いていく豊の足取りは重たかった。
短い年月ではあったが、おもいでは一杯詰まっている町。
伝言板には、愛子と、節子、好恵からの、メッセージが書いてあった。
伝言板のある、小さな駅の待合に孝子はいた。
「これを」。
と言って、手作りの弁当を手渡すのであった。
「有り難う」。
と言って受け取る豊。
後の言葉が出てこなかった。
「さようなら」。
と一言言って、孝子は溢れ来る涙を手で拭きながら足早に去っていったのである。
孝子に会ったのは、これが最後になったのである。
金谷駅までの、電車の旅。
長閑で、静寂が支配している様で、まるで故郷そのもの暖かさが、包んでいるのだ。
「さようなら、私の故郷」。
と豊は呟いた。
金谷駅から、東海道本線へ乗り継いで、豊橋、名古屋、一宮、大垣と来て、大垣駅で降りたのだった。

話は今から十年前に遡る。
前原豊は恩師の小泉先生と、和歌山県の湯崎温泉を訪れていた。
湯崎温泉は、南紀白浜空港から、タクシーで飛ばせばすぐの所にある。
古代の白良浜の地で、歌枕にもなった所である。
恩師と温泉に入って対話をするなんてことは、生涯に一・二度あればよき事と思はねばならない。
体を温めながらのひと時は、満ち足りた時間となったようである。
「良き人生だったよ、私は真の先生にも恵まれて」。
と恩師の言葉である。
豊は相ずちを打つ。
「私はねえ。何時も先生の教えを守って来た。そんな人生だったように思う。何の迷いもなかった」。
そこには、七十七歳の老人の言葉とは思えない、初初しさがあった。
小泉先生は、豊に説教しようと言うのではなかったようだ。
唯、豊が抱えている、心の重荷を、取り除いてやれるものなら、何としてでも取り除いてやりたい。小泉先生も、真の先生なのでしょうね。
美しき人間の心絆は時空を超えて光り輝くものである。ましてや、師弟の契りは三世に渡って輝くのである。良き師、師匠に恵まれることは、どの道においても、最高の幸福というものではないだろうか。
「先生、湯加減は如何ですか?」。
「うーん、良い湯加減だなあ」。
先生は答える。
「熱過ぎず、ぬるくもないということですね」。
「それは、何処か人を思いやる心に通じている」。
と先生。
そう言った後で、酒を飲む仕草をするのである。
この夜の酒宴は、何故か、仲居さんも加わって大いに盛り上がったのである。
仲居さんも人の子だ。
朗らかで、太っ腹な先生と飲みたいと思うものだ。

さて、東海道金谷駅から大井川鉄道を利用する。
大井川鉄道は、町内の各駅を繋いで、下泉より千頭、奥泉を通って井川駅まで線路は延びている。
寸又狭温泉へは、千頭駅で下車して、バスに乗り換えて、温泉バス停まで行くのが一般的である。
井川線は急勾配を登るため、歯型レールを使用した日本で唯一の、アプト式ミニ鉄道である。
又、平成十六年には、二十九年ぶりにシ一一九○~一九〇号の蒸気機関車が、乗客を乗せて走ったのである。
豊は、この一日一便の、金谷駅から千頭駅までの機関車を乗り継いで終着駅に来たのである。これは時の巡り合わせというべきであろうか。時空の持つ不思議な力によるものだろうか。豊は、一人旅を愉しんでいたのである。その終着駅で愛子に会った。愛子は当ての無い旅をしていた。愛子の顔は苦悩に満ちていた。やつれた細身が痛々しい。
豊の胸は締め付けられた。実に二十九年振りの再会である。
『まだあげ染めし、前髪の、りんごのもとに見えしとき、前に刺したる花串の、花ある君と思いけり』。(島崎藤村、初恋より)。
人生って、初恋のように、甘く切なく、それでいて、恋しくて、忘れられないもののように思えるときがある。
その、忘れることの出来ない教え子達。
子供達はどんな人生を辿ったのであろうか。書き添えておきたい。
豊の予想を超えた職業についているからおもしろいのである。
人生とは波乱万丈なのである。
和夫は、県立高校を出て、地元の国立大学の夜間部に入った。働きながら専門知識を学んだようだ。東都の大学院では研究に没頭した。今ではその大学で助教授をしている。ノーベル物理学賞を期待できる、有望な科学者と伝え聞いた時の、豊の驚きは、表現できたものではない。和夫は、父母の志を継いで、実業家になるものと決めていたからだ。
秋男の人生も波乱に満ちている。秋男の父は、中学校の校長をしていた。祖父は、村長を永年勤めた家系だ。典型的な地元の名士だ。将来は、町長か県会議員になるものと、豊を始め誰もが思っていた。東京の有名な私立高校に入学。そのままエスカレータ式に大学部に入ったのである。大学部では音楽に熱中した。手当たり次第に楽器をいじった。秋男は、その中から音楽の持つ魅力に注目した。卒業後、アメリカに渡った。アメリカで、ミュージカルやショウの世界を見学して回った。
秋男は又、劇場経営について勉強したりもしている。帰国後、あるプロダクションで、五年働いた後、飛び出して僅か四年で、新興証券市場に株式を上場させるまでになったのである。
「大衆に、限りない心の豊かさを与えたい」。
彼が、株式の公募を前に、新聞記者に語った言葉である。
豊は、いつの頃のことか忘れてしまったが、秋男から、望むようにして訪問を受けたことがある。有難いことである。実のところ、師の良し悪しは、弟子の功績によるといっても過言ではないのである。
「これからは、大衆に喜びと、心の豊かさを与える企業が必要なんだ。人間ルネッサンスこそ我が使命」。
秋男の声が今も耳に残っていて消えないでいる。人生は戦いの連続だ。挫折もあったであろう。苦闘の山坂を越えてきた自信が笑顔になって現われていた。豊の家へ訪問してその後、証券市場に上場されたのである。新興市場は、第四次産業の出現に沸いた。第四次産業が、希望の星と成る時がきているのだ。音楽、映画の企画、運営、文化祭の企画立案、運営。劇団の経営、劇の上演、オークション、美術館経営など。文化、芸術分野のゼネコン言ってもいいだろう。




中編小説・天使の君は、輝いているかい???6

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明けて、月曜日の午後のこと、職員室へ帰っていく豊先生の、後ろ姿はどこか寂しげであった。
職員室では、博子先生がお茶を飲んでいる。
「博子先生」。
「豊先生、どうしたのですか」。
博子先生のびっくりした顔。
「それでも、やっぱり、良い先生にはなれない」。
と言う。
「良い先生にね」。
と言って溜息をついた博子先生。
今、町では、豊先生と愛子の母、孝子さんとの仲が噂になっていた。
その噂は、とうとう、豊先生の耳にも入って来たのである。
博子先生は、その噂に我慢出来ずにいた。
生徒のことを思い、あんなに必死になって、家庭訪問を続けた豊先生である。
どうして分かってくれないのだろうか。
博子先生にとっても、辛い噂ではあった。
「私が独身だったら、豊先生のことを好きになったかもしれないわねえ」。
と思うのである。
続けて、
「そうね、弟にしたい人でもあるわねえ」。
博子先生は、豊先生に言った。
偶然が重なったとしか思えない、博子先生の言葉。
「うーん。私がお姉さんで、そうよ・・・」。
彼女は自分の言った言葉にハっとしたのである。
真実は意外なところから、発見されるものなのかもしれない。
姉のように、妹のように、兄のように、弟のように、この淡きものよ、いっそ、恋といえるものなら諦めも出来よう。
春よ、淡き春を過ぎて、青春(人生の春)の時。
それは又、別離と旅立ちのときでもある。
昼ならば霞と見えし春の宵に、秋男の家へと向かう姿が見受けられるのである。
「学級委員」。
と小林次郎は、秋男に声を掛けた。
「どうした、次郎」。
ちょっと悲しそうに、
「知っているかい、豊先生のこと」。
「豊先生がどうしたんだ」。
と秋男。
何事かあったのであろうか、騒然としてくる。
「豊先生が・・・豊先生が・・・学校を辞めるらしいんだ」。
と言いながら、秋男を見詰める和夫。
和夫は駆け付けて来たのか、息苦しそうであった。
「辞める、豊先生が、そりゃあ、えらいこっちゃ」。
と秋男。
「そうだろう、な」。
と和夫。
やがて、衝撃はクラス中を駆け巡っていったのである。
「ねえ、卒業式はどうなるの」。
好恵も駆けつけて来た。
「きっと、卒業式が済んでからだ。その後のことだと思う」。
と言って和夫は皆の顔をみる。
「嘘でしょう、先生が辞めるなんて」。
信じられないという表情をしてみせる節子。
憂いに満ちた顔と顔を合わせる級友たち。
その中で、一人愛子だけは違っていた。
悲しみは、駆け足でやってくる。
「先生は、この学校を去っていくんだよ」。
と愛子。
断定して言うのである。
「どうしてなの?」。
好恵は愛子を問い詰める。
愛子の目から涙が溢れてきた。
過日、愛子の家で、
「俺って、どんな先生だった?」。
と問うた豊先生の余りにも寂しそうな顔。
子供心に、解らないことは一杯ある。
子供だから解ることもある。
子供は別離を恐れる、それ故に全てを察知したのである。
「先生は、何処へ行ってしまうの」。
節子は答えを求めた。
「何処か遠くへ行ってしまうのだろう」。
秋男の声は段々小さくなってゆく。
「何処か遠くへ行っても、俺は先生のことを忘れたりしない」。
和夫は、自信たっぷりに言った。
「何時も、先生はそう、よく話を聞いてくれた」。
秋男は過ぎ去りし日々を思い出しているようである。
「お願い、先生のこと、そっとしておいてあげて」。
と愛子は言う。
「どうしてだ」。
と和夫は聞く。
「何処か、自分を責めているところがあるのよ」。
と愛子は言う。
「お父さんの代わりにはなれなかったから?」。
と節子の嘆き。
「ううん、お母さんの弟になりたかったのかも、それに、私のお兄さんにね」。
愛子は返答をした。
「何だ、愛子の希望ばかりじゃないか、それは」。
と秋男。
「俺たちが卒業したら・・・先生寂しいんだ。きっと、そうなんだ。そうに違いない」。
と和夫は言う。
「寂しいに決まっているじゃないの。あんなに優しい先生だもの」。
節子の目から涙が溢れてきた。
「泣かないで節子。涙なんか似合わないから。先生は辛くなったんだよ。きっと」。
愛子は慰める。
天上を見上げながら、最後の家庭訪問となった日の事を思い出している、そんな愛子である。
母、孝子の頬を流れた一筋の涙、涙は別れの来ることを知っていたのである。
「皆、大好きな先生って慕ってくれるけど、良い先生には成れなかったよ、と豊先生は私に謝っていた」。
語る愛子の心の底にあるものは?。
「先生、そんなこと言ってたの」。
節子は聞いた。
「うん、そうだよ」。
と愛子。
「先生、何処へも行くな」。
和夫は、大きな声で言った。
「俺たちの傍にいてよ」。
と秋男、涙混じりの声。
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
白浜砂夫の電子書籍




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