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俳句参題 徒然につくる

俳句参題 徒然につくる

(一)
柿三個
頂きながら
秋が逝く

隣のおばさんから、今年も柿を頂きました。
もう直ぐ、冬ですねえ。


(二)
リズムです
ラジオが語る
物語

ラジオ局が招いた、有名人はスポーツも、
音楽も、人生も、リズムに乗ることが大切だと語っているのです。


(三)
ズワイガニ
話題に花が
咲く季節

ズワイガニの漁は、十一月半ば頃、解禁。
食べに行きたい越前へ、
ああ、越前岬は、波の花が咲いていますか。
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中編小説・天使の君は、輝いているかい???4

中編小説・天使の君は、輝いているかい???4


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???1


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???2



                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???3




豊先生が、春霞小学校の先生をしていた頃は、どういう時代であったのであろうか。
先生にとっても、生徒たちにとっても、時代の影響は受けざる得ないものがある。その影響を最も大きく受けたのが、秋田和夫の父であり、野原次郎の父であった。野原次郎の父が職を失ったのは、昭和四十八年師走に入ってすぐのことであった。
「先生、おれ・・・おれ・・・」。
と言って次郎は泣いた。
次郎は、いつになく早く登校していたのだ。
「どうした次郎君」。
と豊先生。
次郎は涙を浮かべながら、父が失職したことを語ったのであった。
豊先生は次郎を抱きしめた。
次郎は、その胸の中で思い切り泣いた。

激動の時代、何が起きるかわからない。
輸入品の増加などから、不況色を漂わせていた繊維業界。
四十九年の四月以降、国の総需要抑制策が一段と浸透し、危機感をましていた。
秋田和夫の父は、この町で唯一の綿織物の工場を、経営していたのである。
賃織りが主体の、零細工場である。
その工賃も、昨年の七、八月頃に比べて、四分の一以下で、完全な採算割れとなったのである。この工場には、町内から七人の主婦が働きに来ていた。この町にとって、労働力の受け手として、存在価値があったのである。
和夫の父の苦悩は、いかばかりであったであろう。母は心労のあまり、寝付いてしまったのである。

ここで、話題を変えてみよう。
豊先生の好きな花は、バラ。
愛子の母、孝子の大好きな花はバラ。
ウイピング、ローズ、の花咲く家は、純白のエプロン姿が良く似合う、女性が住んでいる。大きくはないけれど、そこはかとなく、こざっばりとしている。薄いピンクを主体とした、洋風の家であった。
これは、孝子のセンスを取り入れて建てられたに違いない。
(わらべは見たり野なかのバラ、清らに・・・)。
歌は流れる、流れて遥かかなたへ。
涼やかな声は、満ち足りた心の豊かさ、とても、主人を亡くした人とはおもえない、気高さもあった。
丘陵と山懐の間にある、愛子と孝子の家。
その家を右手に見て、通り抜ける一台の自転車があった。
その、自転車は秋田和夫の家に向かって猛スピードで走っていた。
ペダルをこぐ、豊先生の足は重たかった。
どんな言葉で励まして良いのか、その言葉が見つからない。自身の未熟さ、経験の無さ、それが悲しくてならないのである。
「和夫君の、何の力にもなってやれないのか」。
ため息を吐くのである。

時は流れて、梅雨の頃のことである。
放課後になって、雨脚は強まるばかりである。
職員室に、愛子と好恵が訪れていた。
好恵が語ってくれたヒソヒソ話し。
これは、今も忘れられないのである。
お下がりの教科書に込められた母の愛は、豊先生の胸を締め付けた。
それは、好恵が四年生の学年末の時のこと。
父が経営する、北村林業は倒産したのである。
優れた杉や、ヒノキを切り出し、その名は全国に知られていた会社である。
事業とは、時代の波に弄ばれてゆくものなのだろうか。
儚く消えていった。
人は奈落の底に落ちた時に、非常さを思い知らされるものである。それは、他人より、親族のあまりの冷たさを知るからである。
娘に新しい教科書を揃えてやりたい。
お金を借りにいった母。
「こんな、お金さえも持たして帰して下さらないのか、酷い」。
叔母に縋って、母の文子は泣いた。
叔母は、
「これでも持って帰りな」。
と言って、子供の、使い古した教科書を渡すのだった。
母は、長い道のりをトボトボト帰ってきた。
そからが、好恵と母のドラマが始まるのである。
「おかあさん、お帰りなさい」。
「好恵、ほら、こんないい教科書は、どこを探してもありゃしないよ」。
母は涙を拭きながら手渡すのであった。
「ごうして?」。
「ほら、漢字の所に振り仮名が振ってあるだろう。実にわかりやすいじゃないか」。
「お母さん」。
好恵も泣いた。
「泣くな好恵、これなら辞典だって買わなくて済むというもんだ」。
「うん。好恵、もう泣かない」。
「これが思いやりって言うもんだぞ」。
その後、母は大声で笑った。
「お母さん、いい教科書をありがとう」。
好恵は負けずに言った。
将来、好恵はファッション業界をリードするナンバーワンのデザイナーに上り詰めていくのであるが、あの勝気で負け時嫌いな性格は、この時から始まったのである。

さぁ、日差しの中へ飛び出そう。
太陽の光は、みんなに公平に降りそそいでくれるのだ。
五月も五日は暦の上では立夏を迎える。二日は雑節の八十八夜。
童謡、茶摘の中で、
夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が繁る、あれに見えるは茶摘じゃないか、あかねたすきにすげのかさ、
と歌われている。
詩情豊かな、故郷の山河よ。
山河はこんなにも、優しく包んでくれる。
あの時代もそうだった。
若き女性達の歌声は流れていた。
今も、あの、うら若き女性達の歌声は流れているのでしょうか?。
愛子の母、孝子はこの歌が大好きだ。
作業中にこの歌を、よく歌っている。
歌は時には、涙も運んでくるものである。
愛する人と共に生きた思い出がそうさせるからである。
今日は誰を偲んで歌っているのでしょうか?。
仕事が殊のほかはかどっているのである。
しかし、季節は残酷さを見せ付ける時もある。
季節外れの霜のため、水気を多く含む若芽が凍死して被害を受ける。
地元の人達は、『八十八夜の別れ霜』、と呼んでいる。
暖冬で作物の生長が早く、『今年は順調』、と油断した直後に起きる。
この事は、米作りにも似たところあるようだ。
春に夏めいた暖かさが続き、やがて、冷夏によって苗が傷め付けられるということになる。それは、孝子にとって、実入りが多くなるか少なくなるかという瀬戸際のことでもある。さて、今年はというと、順調に生育し、香りもことのほか味わい深く、孝子もほっと一息できたのである。

微笑の国から

微笑の国から

微笑みの国から、朝がやって来た。
「おはよう」と言えば、
何故か、うなずいてくれたので、
「今日も元気でいます」と答えたのです。
微笑みの国さん、大いに喜んで、
「明日も来て上げるからね」と言って、
希望という名前の、
我が子のいる国へ帰っていったのです。


十月二十九日、爽やかな朝の陽射しのなかで

中編小説・天使の君は、輝いているかい???3

中編小説・天使の君は、輝いているかい???3


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???1


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???2




さて、時代をさかのぼって、一つ一つを明らかにしてみたい。
愛子は、父の無い子だった。
母、孝子の女手一つで育てられたのである。
孝子の苦悩は、仕事の忙しさにかまけて、愛子と一緒に遊んでやれない事だった。子供にとって、遊びとは、信頼できる人としか出来ない行動なのだ。子供が母、孝子と遊びたがっているということは、誰よりも信頼し、愛を求めている証拠でもある。こんな時は、早世した主人を恨んでみたくなるものである。
「お父ちゃん、どうして先に逝ってしまったの」。
溢れくる涙を拭うには、抱き上げた愛子は重たすぎたのである。
(人は、心の中に、どんな幸福そうな人でも、悲しみの海を抱いている)。
これは、ビクトル・ユゴーの言説である。
まして、最愛の夫を亡くしたのであれば、悲しみの海は、余りにも深すぎると言うことになる。
二人だけの夕食時間のこと、
「お母さん、お父さんを恋しく思って泣いても、もう私のことではなかないで」。
子供というものは、親が思う以上に、心配し、思いを掛けるものだ。
「愛子、どうしたの」。「私きっと、いい子になるから」。
「もう、愛子ったら」。
愛子にとっても、父が居ないということは、悲しいことに違いない。けれども、母の心の中に生きている限り、母子共々に、父は、永遠に存在するのだ。

中川根町は、県央のやや北よりに位置している。
北に本川根町。南に青空町が隣接している。
昭和三十一年に徳山村を編入、昭和三十七年に今日の町制となっている。
徳山城は、土岐氏の居城として、標高千百メートルの高地に築城された、曲輪、塁段が名残を止めている。同じ山城である、織田信長の岐阜城は、三百三十六メートルの山頂にある。比較すれば、いかに高地に築城されたか理解されるであろう。町の見所は、不動の滝であろうか。場所は、大井川鉄道の下泉駅で下車して、徒歩で四―五十分の所にある。大井川の支流に掛ける高さ三十メートルの滝である。周囲を緑に抱かれて、真っ白な飛翔をあげて落下しているのである。緑射す新樹、夕もやに霞む紅葉の季節が格段に優れている。山紫水明の地とはこれなり。見渡せば、無双連山をのぞむことが出来る。
おお、無双連、お前は、誇り高き山よ。古き言い伝えによれば、江戸の代官、浅原四郎衛門が、当、大山にて椎茸を尋ね当てたるに、大いに喜び、当山を村にて持てりと、下し賜ったのである。無双とは、並ぶものの無きほど勝れているということである。
豊先生の、想像するところによると、代官「天下無双」と、膝をたたいて褒め称えたのである。天下無双と、語ったのであれば、日本一の、椎茸の山よと命名したようなものである。あの日、あの時の、豊先生の身振り手振りの講義は、大変おもしろかったのである。

昔は、学校から、てくてくと歩き、春秋の遠足を愉しんだコースである。
秋の彼岸の一日、山田秋男は、豊先生を引っ張りだした。
愛子や節子を伴ってハイキングに訪れたのである。
「節子、あなたの分も作ってきたからね」。
「わあ、本当だったんだ。有り難う」。
母の無い節子にとって、昼食は切実な悩みだった。
「愛子、すまないな、無理を言って」。
秋男はお礼を言った。
「ハイ、先生、どうぞ」。
と愛子。
「ああ、これは、どうも有り難う」。
「お母さん、嬉しそうだった」。
と愛子。
愛子が、お母さんと作った、本当の手作りの弁当や、サンドイッチ、それに冷たい緑茶は、何時までも、豊先生を始め、秋男や節子の思い出のなかに生き続けていったのである。
成熟した時代ではなかったけれど、信頼と友情で結ばれた、心豊かな、少年少女達であった。
秋男が五年生になった初夏のことである。夏休みを明後日に控えた時のことだった。彼が、国語で百点をとった。初めてのことである。彼はずっと、六十~七十点の成績の範囲だった。まあ、中の上というところであろうか。豊先生は、驚きの中にも嬉しさを隠し切れなかった。直ぐに、秋男を職員室によんでみた。
「秋男君、よく頑張ったね」。
「うん、俺、先生のこと大好きだよ」。
「俺のこと?」。
山田秋男の言った言葉は、嬉しい言葉であった。
彼の顔を見詰める豊先生。
「うん、先生のこと」。
「どうして」。
「だって先生は俺のことを、秋男君、秋男君と、君をつけて呼んでくれるから」。
「それがどうして」。
「俺のお父さんなんか、何時も、秋男、秋男って呼び捨てなんだよ」。
「うん、お父さんはね・・・」。
返事に苦しむ。
「そう、それにすぐ怒る」。
「お父さんはね、君のこと」。
怒られることが、嫌であるのだろうか。
彼のお父さんは、中学校の校長をしている。
「いいんだ、俺には先生がいるから」。
秋男は嬉しそうに、微笑んで職員室を出て行った。
そばに居た、安田博子先生が、声を掛けてきた。
「あの子、先生のことを、友達の心算かお兄さんのように思っていますね」。
振り返って、
「うん、兄弟って感じかな」。
豊先生は納得したような口調で答えていた。
「羨ましいわ」。
「いやぁ」。
「川根茶はいかがです」。
博子先生はお茶を差し出した。新茶のほのかな香りを、二人でかいでいる姿が、校庭からも見うけられたのである。

俳句弐題2

俳句弐題2

(一)

徒然に
眺めし山は
伊吹山

(二)

伊吹山
秋には秋の
色を見せ

中編小説・天使の君は、輝いているかい???2

中編小説・天使の君は、輝いているかい???2


                                   中編小説・天使の君は、輝いているかい???1




花よ、貴女は、何と美しいのでしょうか。
中でも、バラのチャールストンは、余りにも美しい。
この花は、あの、物腰の柔らかい、奇特な人が、特別に育てたものらしい。
豊は、注目せずにはいられなかった。
「失礼ですが」。
声を掛けたのである。
「いいえ、失礼なことなどありませんよ」。
明るい声で振り向いたのである。
「貴方さまは」。
「私ですか、まぁ、お茶でもどうぞ」。
そう言ったあと、ゆっくりと、立ち上がったのである。
「お茶を戴けるのですね」。
豊は、彼の人となりを知ったのである。
山本校長は、豊を応接室に迎えた。
豊は、恐しくしながら頭を掻いていた。
「よく来て下さいました」。
「此方こそ、迷惑も顧みず」。
深々と、頭を下げたのである。校長先生は、笑顔の似合う人である。
「此処には、なにか置き去りにして来たものがあるような、気がしてならないのです」。
「ほほう」。
「子供達を、送り出した後、すぐに、先生を辞めてしまったのですから」。
「何か、事情でもあったのでしょう」。
暫し、間をおいた後、
「子供達を、見捨ててしまった様な、罪悪感に、苛まれているのです。年月を重ねれば重ねるほど」。
校長先生は、目を閉じたまま答えない。
「子供達の帰るべき拠り所を、奪ってしまったのですから」。
校長先生は、目を開けて、
「苦労されましたね。その苦労が生きている」。
校長先生、有り難う。良く言って下さいました。
「少しは苦労したのでしょうね」。
と豊。
彼が、正直ないい人に思えたのであろう。
「人を教えるということは、どういう事なのでしょうか?」。
質問するのである。
「人を教えるという事は、人から、より多くの事を学ぶということだと思います」。
「では」。
「貴方が、子供達を、教えていた日々は、貴方が、子供達から、より多くを学んだ日々だったと思います」。
物静かな語り口ではあったが、言葉に力があった。
「よく言って下さいました」。
豊は頭を下げた。
「こちらこそ」。
「今も、子供達に、すまない気がしてならないのです」。
この人はきっと、子供達に慕われたに違いない。
「先生を辞めるとは、誰も思はなかったでしょうね」。
「申し訳ない気持ちで一杯です」。
校長先生は片手を挙げて、言葉を押し止めた。
「子供達を、心の何処かで、見守り続けていた。だから、この学校に帰ってきた。帰ってきたのですね。そうですね」。
「そうだと思います」。
何故か素直に言えた。
「良き人生を歩まれたようですね」。
「分かりますか」。
微笑みを返す。
「苦労されたことが生きている」。
「ただ、子供達にとって、良い先生だったのでしょうか。そのことが・・・」。
校長先生は首を振った。
「現在、何をしているのですか?」。
「今年で、会社を、定年退職します」。
黙って頷く校長先生。
「その後、趣味で始めた洋画の道を目指そうと思います」。
若き日々、をどう生きるか。それも、長い人生の道のりの中、大きなウエイトを、占めてくることがある。
「画家ですか。失礼ですが、学生時代の専攻は?」。
「教育学部で、地理、地学を専攻しました。クラブは美術部です」。
「クラブね、そうでしょう」。
一人頷く。
「如何しても、人生の一区切りがつきますと」。
「素晴らしいことですよ」。
と校長先生。
「それも、先生をさせて戴いたおかげです。道を踏み外す事無く、今日までこれました」。
深々と頭を下げる。
豊はその言葉通りの人生を歩んだのである。
会社に入ってからは、自ずから望んで、現場から叩き上げて来たのである。汗をかくことの大切さを知っていたのかもしれない。最後は、取締役業務部長で終わろうとしているのである。校長先生は、まるで自分の教え子と対面しているような、そんな気分になってきていた。
「こんな教え子を持ったら、どんなにか幸せだろう」。
「いえ、そんなこと」。
豊はビックリした。
「教え子が、立派な人生を歩むという事は、先生の誇りであり喜びである」。
語気を強めて言った。
「それで、私の心は、救われるのでしょうか」。
校長先生は、頷きながら、
「それが、先生の心なのだと思う」。
「私は、先生だったのですね?」。
「過去も、現在も先生です。教え子達にとっては、たいせつな」。
これは、激励の言葉というより、労いの言葉というべきであろう。豊の、心の重荷は、少し取れたようである。

憧れの軽井沢

憧れの軽井沢

憧れの軽井沢・私の瞼に浮かんで来るのは、
テニスコートの並ぶ町。
テニスのラケットを、小脇に抱え、散歩している若い二人連れ。
それだって、オペラ(歌劇)を見ているようだった。
洒落た喫茶店には、ちょっと控えめだけど、抜群におしれな、軽井沢婦人がいた。
それは叙情詩の町というよりは、叙事詩の町。
山間の町に、静寂と、ロマンスが、まるでクロスしたように光彩を放っていた。
曲に例えるなら、エチュード(練習曲)より、序曲の町。
常に、ロマンスは此処からはじまっている。
そんな町だったけれど、私は、ただの旅人、行きずりの人だった。
ああ、叶うものなら、軽井沢紳士になって、一度はテニスをしてみたのです。
軽井沢、ああ、お前は、序曲の似合う町。

中編小説・天使の君は輝いているかい???1

中編小説・天使の君は輝いているかい???1

童らは、遊び戯れる、故郷の山河よ。
父なる山は権現山。
海抜7百十八メートルの頂に上れば、眼下に笹間湖や、鵜山の七曲りの景観を見ることができるのだ。
母なる川は大井川。
家山、笹間、身成の支流を集めて、川は町の北から南へと流れている。
泣くな、大井川を包む川霧よ。お前が泣けば、父や母ない童は泣き崩れて、家に帰れなくなってしまうだろう。
愛子、どうか泣かないでおくれ。
お前が泣けば、先生はどうすればいいのか、分からなくなってしまう。
前原豊先生は、職を辞して、三重県の藤原町に帰ってしまった。
帰宅を待っていた、母の前で、彼は、誰憚る事無く泣いた。ただ、泣けて泣けて仕方がなかった。父は、何も聞こうとはしなかった。それは、人生の山坂を乗り越えてきた経験が、聞かずとも悟る、極意を知っていたからである。豊は、暫らくしてから、地元のセメント工場に職を得たのである。そしてときは、起伏の激しい人生劇場を、まるで水面に写し出すように、ゆっくりと、クリスタルに見せ付けてくれる。
豊は恋愛結婚をしている。同じ職場の娘と交際が実ったのである。妻は、伊豆は白浜の出身で、明治の女流文士も訪れている。(本当に寂しい所です。けれども景色は申し分御座いません。村の人達は天草を取って生活しています)、と手紙に書いている。その妻も、平成十五年に亡くなっている。ああ、愛しの妻亡き、十五年の春。豊は、一人旅の空の下にいた。
人は二つの故郷を持つという。
生まれた大地と、心の故郷。その、心の故郷を訪ねる旅だったのでしょうか?。
誰もいな日曜日の校庭。校庭には静寂な温もりがある。温もりが、何故か恋しくてならないのである。総数にして、僅か、四十名余りの、青空町立春霞小学校に、入学式の春を迎える。梅雨を越して、やがて夏休みとなり、運動会と遠足の秋を企画し、冬を尋ねて、一回り成長した姿で正月を迎えるのである。こんな、季節の繰り返しのなかで、学校の歴史は作られていくのであろう。時の流れに任せているようでも、確実に刻まれた時間の重さが、校舎の隅々に残っている。
前原豊の、教師生活は、僅か五年でしかない。そのうち三年間を、この春霞小学校で過ごしていたのである。彼は、帰るべき心の故郷に帰ってきたのだ。今、この校庭にたって、何ともいえないぬくもりを味わっている。時には、滑り台に、時にはブランコに、手で触れてみる。暫らく、校庭を散策していると、片隅に、花壇がまるで段々畑のように、立ち並んでいる。花は児童達が育てているのであろう。花は、学年別、夫々に違う花を育てているようだ。水を与えながら、黙々と観察している人がいる。一人で休日を愉しんでいるのでしょうか?。

中編小説・天使の君は輝いているかい??? あらすじ・解説

中編小説・天使の君は輝いているかい??? あらすじ・解説

この小説は、平成十八年、七月十八日。
文芸春秋に投稿されたものです。
静岡県の大井川上流の山間部を、旅した折、小さな小学校が、目に留まり、書かずには居られないものを感じたのです。
実際、静寂のなか、山河の美しさと、やさしさに、心を奪われてしまったのです。
私は学校の先生が好きです。
高校を出るとき、なりたい職業の、ベスト3に入っていたのです。
小さな学校でしたけれど、いとしさを、おぼえました。
この小説の中に、唱歌、(故郷)、ウサギ追いしかの山、小鮒つりしかの川、の歌詞が出てきますが、この地を旅をされた方なら、私が書いた気持ちを、分かってもらえるものとおもいます。
一部、今日の状況に応じて、加減することもあるかと思いますが、全般的には、初版のとおりに進めたいと思っています。

讃歌

讃歌

生きることに辛くなった時ほど、
詩歌に挑戦してみょう。
一首でもものにすれば、
まだ生きられるという気にもなるだろう。
君よ、歌え、愛の讃歌を。
君よ、歌え、人生の讃歌を。
高らかに歌い上げる時、
心は豊かになるであろう。

君よ書き綴れや、愛の讃歌を。
君よ書き綴れや、人生の讃歌を。
真実を思索するなかに、
希望と勇気を得るであろう。

川を越えていこうよ。
山を越えていこうよ。
海を越えていこうよ。
旅路遥かに、遠く見揺るとも。

語り伝えるもののために、語り伝える価値あるもののために。




価値あるもの、それは勇気、何が何でも生き抜いてみせる、という勇気。
自身を、愛してくれた人の為に、信じてくれている人の為、
見守ってくれている人の為にも。
誰だって、皆んな苦しんでいるんだ。言葉に出さないだけだ。
さあもう一度、遥かなる旅路へ、歩み出そう。
生き抜いた後に来る、人生の喜びを・・・。
それが、讃歌・・・。
人生生きていくだけでも素晴らしい。
それが讃歌・・・。
生きてることは、こんなにも素晴らしい。
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

最新出版物
白浜砂夫の電子書籍




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