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中編小説・天使の君は、輝いているかい???9

中編小説・天使の君は、輝いているかい???9


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そして、一ヶ月は流れた日のことである。豊は、押入れの奥深く、柳行李の中に眠っていた卒業文集を発見した。それは、数々の教科書と、アルバムと一緒に眠っていたのである。それは、亡くなった妻が大切に絞まっておいてくれたに違いない。
「ありがとう」。
と呟く。
文集は、豊にもう一度読んでおくれと、そう叫んでいるようでいた。
私達、大人が忘れてしまった、純粋な心の叫びが書き記されている。
秋男の文章より、抜粋してみる。
お父さん、時には一緒にキャッチボールをしておくれ。
何時も、暖かく見守っているのが父親というものだと、語ってはくれるが、俺には、お父さんが見えないでいる。
友よ、君達とはよくけんかをしたけれど、許してほしい。俺は学級委員なのだ、わかってくれ。
これからも、信じあえる友達でいようよ。
先生、先生には逃げないで正面からぶつかっていきたかった。本当は、先生に叱られることが怖くて仕方がなかったんだ。バカだったんだ俺は。いい子ぶってただけなんだ。先生とは、一杯喧嘩をすればよかったんだ。きっと仲の良い兄弟になれたかもしれない。
先生、俺たちが卒業しても、ここにいておくれ。悪いことをしたら飛んできて叱っておくれ。俺は待ってるぜ。
「秋男、御免よ、遠くへ行ってしまって」。
豊は独り言を言う。
愛子の文章より抜粋してみた。天国から私達を見守ってお父さん、本当に有り難う。小学校を卒業することができました。少し大人になったような気がします。これからは、私がお母さんを支えてあげたいと思います。お父さんのように広々としたこころで、支えてあげることが、私の喜びになるとおもいます。お母さんは泣き虫です。いつも、大きな柱に隠れてシクシク泣いています。もう涙の似合わない、お母さんを悲しませたりしません。
「そうだねえ、愛子は優しい子供だった」。
豊の頬を流れる一筋の涙。
こんな時には、モーツアルトのバイオリン協奏曲を聴いてみよう。
CDから流れる調べに、身も心もリラックスしていくゆくことだろう。

それから、半年後のことである。豊は再び学校を訪れたのである。鞄の中には卒業文集が入れられている。豊は校長先生を訪問した。校長先生は笑顔で迎えてくれたのである。卒業文集の出版には、了解を得た方が良いと考えた豊なのである。何故、こんな小さな田舎町の小学校から、卒業生達があらゆる分野で優れた活躍をしているのか、不思議といえば、不思議である。なにか、量ることの出来ない大地の力がはたらいているのだろうか。母なる大井川は、悠久そのものである。父なる権現山は屹立している。この山河に抱かれるように建っている山間の木造の校舎は、芸術そのものである。
木の霊でも住んでいるのであろうか。校舎も又、悠久から、永遠へと続く階段を登ってゆくように見えてくる。
活字とは実に強きものである。永遠にも耐える力を持っている。人の心を打つ文章は、時空を超えて再び、帰るべき人のところに、帰りかえり来るものであろう。卒業文集は、長い年月をへて、再び日の目を見ようとしているのである。今度は、もっと多くの人に読んで頂きたいと思う豊である。
夕方、逗留先の民宿に、愛子が訪ねてきていた。
その顔は明るかった。
「実に良く書けていた。それは、小さな作家の仕業と言ってもいいだろう」。
「先生、如何してなの?」。
愛子は、答えが欲しくて仕方がない。
「子供たちの、直な心、一途な心が書き留められている。感動を覚えずには居られなかった」。
「拙い私達なのに」。
「父親のいない愛子や、母親のいない節子が、必死になって、お父さんやお母さんを守っていた」。
「お母さんが、不憫でならなかったの」。
「有り難う愛子、よく言ってくれたね。その、必死さが人の心を打つのかもしれないね」。
微笑かける豊である。
「有り難う?お礼を言わなければならないのは私達なのに」。
理解に苦しむ。
ふと、それが人柄というものだろうかと、思ってもみる愛子である。
「学ばせていただいたんだよ、生きるってことは、必死になることだったんだと」。
「先生」。
と愛子。
「本当に、よく頑張ってきたね。今日まで、必死に。それが、愛子たちのよいところなんだなあ」。
「私達には先生がいた。先生が見守ってくれている。その思いがずっと続いていたの」。
愛子の目から大粒の涙が流れていた。
「良い先生ではなかったが」。
「それは、私達が決めることですは」。
言葉が出てこないでいる豊。
「お兄さんみたいな先生だった」。
「そういえば文集の中で、愛子は、将来は学校の先生になるって書いてたね」。
「そうでしたわね」。
「愛子が、学校の先生になりたいって意外だった」。
「どうして」。
「愛子は勝気だから、旅館の女主人になるとおもっていた」。
「まあ、先生ったら」。
愛子は、うれしそうに微笑んだ。
会話の中で、教え子の北沢良子や、大原裕次郎のことが気になって仕方がないと言う。
それはきっと、自分の境遇に似ているからだろう。
豊には、豊富な人生経験がある。
「自立心のある子なら大丈夫だ。立派な子になるぞ。先が楽しみだね」。
「先生、有り難う。それは、遠い過去の、私でも在るわけですね」。
「そうだ、どちらもだ」。
愛子、頷く。
「天使の君が輝くとき、全てが輝く」。
「ハイ、先生」。
「光、輝け愛子、頼むぞ。君が輝けば、教え子たちは、引っばられて、輝いてくる」



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中編小説・天使の君は、輝いているかい???8

中編小説・天使の君は、輝いているかい???8


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さて、好恵はといえば、中学校を卒業後、すぐにというべきか、待っていたというべきか、東京へと出ていった。昼間働きながら、夜はデザイナー学校で学んだ。
あの、細身の好恵がと偲ぶとき目頭が熱くなる。また、どんなに苦しくとも母親は母親だな、思うのである。どう工面しているのか、時々は好恵に、地元の物産や、新品の衣服を郵便で送ったりしていたのである。不遇の好恵に幸運があったとすれば、彼女の作品が校長の目に止まったということであろう。この、女校長こそ、ファッション業界のドンと言われている人物だからである。やがて、もう一つの幸運が訪れるのである。地元静岡出身の実業家、この実業家は、やがて経団連の副会長を務めるまでになるのである。人材王国静岡の草創たる人物といってもよいだろう。この人が資金援助してくれたのである。彼女のパリ留学は、遂に実現したのである。
静岡は良い所ですね。名は体(大地)を表す。その良き大地の一つ、本川根町は、郡の北端に位置する町で、東は静岡市、北は長野県に接している。昭和三十一年、大井川上流右岸の旧上川根村と、左岸の東川根村が一つになって町制を施工したのである。
町は、黒法師岳、光岳、藁麦粒山など、千五百―二戦メートル級の山々に囲まれ、中央を大井川、寸又川、大間川などの大小河川が流下している。良質美味な川根銘茶の産地として知られ、また杉檜などの良材を産し、しいたけ、わさびなどの特産がある。
見所としては、寸又峡と接岨狭の景勝地であろう。
寸又狭温泉は、その深勝の足場として、利用客が多いのである。寸又峡温泉から上流へ二
十分ほど歩いたところに、大間ダムに架かる高さ約十五メートル、長さ九十七メートルの吊り橋がある。その橋の名は、『夢の吊り橋』、という。エメラルドグリーンの湖面を眼下にし、歩道部分に狭い二枚板を繋いで、ただ連結させただけのもので、スリル満点である。恋人たちが、お互いを庇うように、手と手を繋げば結ばれるということもあると言う。春には新緑が、秋には紅葉が優しく微笑んでくれるのである。
有り難う、優しき山河よ、美しき心の故郷よ。とうとう約束の日は来た。
豊と愛子は再会した。
二人が長い歳月を経て心ゆくまで語りあったのは、(夢の吊り橋)、の近くにある展望台であった。
「絶景かな、ああ、絶景かな」。
豊は、大声で言った。
「まあ、先生ったら」。
愛子は吹き出してしまったのである。
思い出の中で生きていた先生に、今ここに居る。
愛子の心は躍っていた。話したいことは一杯有るけれど、ただ、先生が会ってくれただけで、心は救われていったのである。
「豊先生、うれしい」。
と愛子。
「こちらこそ、あなた達を教えていたようで本当は、あなた達から、色々なことを学んだような気がする」。
教えることと、学ぶことは表裏一体なのかもしれない。
最もよく学ぶ人が、上手に教えることが出来るということであろう。
「私達は、先生から多くのこと学んだのですよ」。
と愛子。
「有り難う、こんな先生だったけれど、そう言ってくれるだけで、幸せだよ」。
と豊。
「私達にとって、先生は何時までたっても尊敬する対象ですは」。
「想だろうね。先生という重荷を背負って、その後の人生を生きてきたのだから」。
「私達は重荷になったのですか」。
愛子は寂しそうな顔をした。
「先生は生徒達の、心の故郷でなければならない」。
と言う豊。
「何時でも、山の頂に存在しているようなものですは」。
と愛子は答える。
「それが、重荷なのかもしれない」。
「先生の言葉には、計りしれない深さがありますは」。
「それも、背負う荷物次第だね」。
「まあ、先生ったら」。
「そうだねえ、ウン、愛子が光り輝いていれば、ほんの少し肩が凝った・・・。そういう事かな」。
「まあ、先生ったら、本当に、少しも変わっていない」。
愛子はたまらなく嬉しかった。
「天使の君が、輝いているとき、私は、先生をやらせて貰って良かったと、そう、感謝できるんだよね」。
「天使、私は天使?」。
「そうだよ、神様や、天女様から預かった子供なのだ」。
愛子は理解に苦しむ。
「教え子と言うのは、天女様から預かった、大切な子供なのだ。立派に育ててお返しする責任があるんだ」。
「そうですはね。私達は、何時も先生の心の広さに包まれていたような気がしますわ」。
愛子の目から微笑が見える。良き大人には、子供達が喜んで集って来るように、そして、同じ職業につきたいと、希望する子供も現れるのである。先生も同じなのであろう。
愛子は、地元の教育大学を出て、小学校の先生になった。
愛子にとって、豊先生は遠い過去の存在ではなくなったのである。
愛子には、豊先生への熱き思いがあったけれど、今は相談してみたい事が一杯あった。
その、相談したい子供の名前は、父のない子は北沢良子。母のない子は大原裕次郎。
愛子の教え子たちである。それは、まるで、遠い過去に演じられたドラマの再演なんだろうか?。
愛子も又、思い荷物を背負った人生を生きていくというのであろうか?。豊先生なら、どう対処されるか聞いてみたいと思うのである。
山峡の美しい自然に抱かれて、話が弾んだことは間違いない。

中編小説・天使の君は、輝いているかい???6

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明けて、月曜日の午後のこと、職員室へ帰っていく豊先生の、後ろ姿はどこか寂しげであった。
職員室では、博子先生がお茶を飲んでいる。
「博子先生」。
「豊先生、どうしたのですか」。
博子先生のびっくりした顔。
「それでも、やっぱり、良い先生にはなれない」。
と言う。
「良い先生にね」。
と言って溜息をついた博子先生。
今、町では、豊先生と愛子の母、孝子さんとの仲が噂になっていた。
その噂は、とうとう、豊先生の耳にも入って来たのである。
博子先生は、その噂に我慢出来ずにいた。
生徒のことを思い、あんなに必死になって、家庭訪問を続けた豊先生である。
どうして分かってくれないのだろうか。
博子先生にとっても、辛い噂ではあった。
「私が独身だったら、豊先生のことを好きになったかもしれないわねえ」。
と思うのである。
続けて、
「そうね、弟にしたい人でもあるわねえ」。
博子先生は、豊先生に言った。
偶然が重なったとしか思えない、博子先生の言葉。
「うーん。私がお姉さんで、そうよ・・・」。
彼女は自分の言った言葉にハっとしたのである。
真実は意外なところから、発見されるものなのかもしれない。
姉のように、妹のように、兄のように、弟のように、この淡きものよ、いっそ、恋といえるものなら諦めも出来よう。
春よ、淡き春を過ぎて、青春(人生の春)の時。
それは又、別離と旅立ちのときでもある。
昼ならば霞と見えし春の宵に、秋男の家へと向かう姿が見受けられるのである。
「学級委員」。
と小林次郎は、秋男に声を掛けた。
「どうした、次郎」。
ちょっと悲しそうに、
「知っているかい、豊先生のこと」。
「豊先生がどうしたんだ」。
と秋男。
何事かあったのであろうか、騒然としてくる。
「豊先生が・・・豊先生が・・・学校を辞めるらしいんだ」。
と言いながら、秋男を見詰める和夫。
和夫は駆け付けて来たのか、息苦しそうであった。
「辞める、豊先生が、そりゃあ、えらいこっちゃ」。
と秋男。
「そうだろう、な」。
と和夫。
やがて、衝撃はクラス中を駆け巡っていったのである。
「ねえ、卒業式はどうなるの」。
好恵も駆けつけて来た。
「きっと、卒業式が済んでからだ。その後のことだと思う」。
と言って和夫は皆の顔をみる。
「嘘でしょう、先生が辞めるなんて」。
信じられないという表情をしてみせる節子。
憂いに満ちた顔と顔を合わせる級友たち。
その中で、一人愛子だけは違っていた。
悲しみは、駆け足でやってくる。
「先生は、この学校を去っていくんだよ」。
と愛子。
断定して言うのである。
「どうしてなの?」。
好恵は愛子を問い詰める。
愛子の目から涙が溢れてきた。
過日、愛子の家で、
「俺って、どんな先生だった?」。
と問うた豊先生の余りにも寂しそうな顔。
子供心に、解らないことは一杯ある。
子供だから解ることもある。
子供は別離を恐れる、それ故に全てを察知したのである。
「先生は、何処へ行ってしまうの」。
節子は答えを求めた。
「何処か遠くへ行ってしまうのだろう」。
秋男の声は段々小さくなってゆく。
「何処か遠くへ行っても、俺は先生のことを忘れたりしない」。
和夫は、自信たっぷりに言った。
「何時も、先生はそう、よく話を聞いてくれた」。
秋男は過ぎ去りし日々を思い出しているようである。
「お願い、先生のこと、そっとしておいてあげて」。
と愛子は言う。
「どうしてだ」。
と和夫は聞く。
「何処か、自分を責めているところがあるのよ」。
と愛子は言う。
「お父さんの代わりにはなれなかったから?」。
と節子の嘆き。
「ううん、お母さんの弟になりたかったのかも、それに、私のお兄さんにね」。
愛子は返答をした。
「何だ、愛子の希望ばかりじゃないか、それは」。
と秋男。
「俺たちが卒業したら・・・先生寂しいんだ。きっと、そうなんだ。そうに違いない」。
と和夫は言う。
「寂しいに決まっているじゃないの。あんなに優しい先生だもの」。
節子の目から涙が溢れてきた。
「泣かないで節子。涙なんか似合わないから。先生は辛くなったんだよ。きっと」。
愛子は慰める。
天上を見上げながら、最後の家庭訪問となった日の事を思い出している、そんな愛子である。
母、孝子の頬を流れた一筋の涙、涙は別れの来ることを知っていたのである。
「皆、大好きな先生って慕ってくれるけど、良い先生には成れなかったよ、と豊先生は私に謝っていた」。
語る愛子の心の底にあるものは?。
「先生、そんなこと言ってたの」。
節子は聞いた。
「うん、そうだよ」。
と愛子。
「先生、何処へも行くな」。
和夫は、大きな声で言った。
「俺たちの傍にいてよ」。
と秋男、涙混じりの声。

中編小説・天使の君は、輝いているかい???5

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こんな出来事もありました。まるで昨日のように思い出されるのである。
秋の遠足を前にした日のことだ。
遠足に着て行く新品の服がほしくてならなかった節子である。
夕暮れになっても帰ってこない節子を心配して、父親の秀夫は探し回ったのである。
「節子、節子・・・」。
叫び声は権現山まで届いたであろうか?。
節子は笹間川の、川辺に佇んでいた。
「お母さん、お母さんは、どうして先に、死んでしまったの」。
節子の叫びは、水の流れに乗って消えていった。
「節子、ここにいたのか、お父さんは心配したぞ」。
秀夫はその手で引き寄せて抱き締めた。
「お父さん」。
節子は父の温もりを知るのである。
秀夫は娘を責める気にはなれなかった。
自身の不甲斐なさを持て余してしまうのである。
それでも、何故かしら声を出さずには居られななくなったのである。秀夫は大声で歌った。
『ウサギ追いしかの山、小鮒つりしかの川、夢は今も巡りて、忘れがたし故郷』。
歌っているその顔は、天空を睨んでいる様だった。
父親が、故郷を捨てて出て行かないということは、わが子を、何処までも見捨てはしないということでもある。
これが、お父さんなのだ。
節子は父親というものを理解したのである。
彼女から笑みがこぼれた。
「お父さん、御免なさい。私よりお父さんの方がもっと辛かったんだね」。
「節子」。
秀夫は再び、その手に引き寄せて抱きしめた。
愛しき子よ、節子。
お前は私の大切な宝物なんだ。お前が、居なくなったら、天国にいるお母あさんに、どう謝ったらいいのか。
秀夫の胸は張り裂けそうだったのである。

昭和四十九年六月一日。
学校教育法が改正され、教頭職が法制化されたのである。
当時は、校長、教頭先生が、六十歳で定年。
男子教員が五十八歳、女子教員が五十五歳で定年だった。
やがて、男女差別も無くなっていくのであるが、法制化と資質の向上が急がれていたのである。
教育は時代の転換点に差し掛かっていた。
古き良き時代の終焉であろうか。
先生にでもなろうかという時代は、とっくに過去のことになってはいたが、やがて、置き去りにされて行く情操教育。
中でも愛情を注ぐことの大切さは、遠い時代のことと忘れ去られてゆくのか。
この世で何が美しく、清いか、問われれば、信頼と愛情で結ばれた、師弟の道しかないと思うのである。

二月も節分を過ぎた日のこと。
豊先生は愛子や節子を含め七人の生徒達が書いた作文、『私のお父さん、お母あさん』、を朗読させてみることにした。
目で文字を追うのとは又、違った内容になるかもしれない。そんな誘惑に駆られたのである。
和夫は、時には声を詰まらせてしまった。
節子はただ、淡々と読み進んでゆくだけであったが、それが級友のすすり泣く声になったのである。
愛子は、朗読の途中から泣き出してしまった。
「天国にいるお父さん、何時も私を見守っていてくれて有り難う。泣き虫の、意気地なしの、甘ったれだったけれども、でも、もう大丈夫だよ。私はもう直ぐ中学生になります。大人への一歩を踏み出すのです。私を見守り続けた慈愛の光を、これからは、お母さんに、労いの光となって、注いであげてくださいね。お母さんは今でも、お父さんが大好きなのです」。
和夫は、愛子にハンカチを差し出した。
ハンカチは溢れ来る涙で、ビショ濡れになっていた。
生徒は、自分を表現できて、最も信頼する先生に理解された時、心に喜びと安心を取り戻すものなのかもしれない。
涙はきっと、豊かな感受性の発露なのだろう。
豊先生は、あえて指導しょうとは思わなかった。
この子たちの為に、残して置いて上げなければならないもの。
それを実現するのが責務だと考えたのである。
豊先生は言った。
「どうだろう、皆、卒業文集を作ってみようか」。
教室中が少しざわめいた。
豊先生は、作文を家に持ち帰った。
蛍光灯の明かりの下で読む活字は、輝いて見えた。
愛子の書いた作文は、まるで天子の声に思えたのである。
愛子の健気な心が、まるでペンを自由に操るように、書き上げたとしか考えられない愛しい文章だった。
母、孝子の面影を浮かべている豊先生。
「愛しい人」、と呟くのである。
さて、他の六人達はどうであったか。
彼女の作文と、さして遜色はなかったようである。
とても成長していると思えない先生自身。
まるで竹の子が、ぐんぐん成長していくように、育っていった生徒たち。
「申し訳ない」。
と一人ごとを言った。
長い夜になってしまったのである。
あくる日、豊先生は急いで登校した。
「どうだろう、昨日発表した作文をベースに、三つの課題で夫々に作文にして卒業文集に、仕上げてみようと思うが」。
先生は皆の顔を見た。
皆の頷く顔が見えた。
そして、週末でのクラス会のことになった。
愛子は、出来上がった作文をかざして、
「先生、この作文の中には、何時でもわたしがいるからね」。
その瞳は、未来に向かってかがやいていた。
「私だって居るからね」。
と節子は、作文を広げて立ち上がったのである。
家庭の温もりに、恵まれないこの子達が、どうしてこんなにも明るいのだろう。
不思議なことではあった。
『将来への夢』、『私の友達』、『私のお父さん、お母さん』、の三つのテーマで書かせた卒業文集である。
皆で、助けあったり、協力しあったりして、書き進んだ日もあったと聞いている。
積み重ねて行くうちに、希望を見出したということだろうか。
活字には、それ程までに力があるということなのだろう。
学級委員の秋男は、集め終わった作文を豊先生に手渡した。
皆は、豊先生の言葉を待っていた。
「おのおのが精一杯に書き上げた文章。それらの数々は、太陽の光のように、遍く、皆の未来を輝かせてくれるでしょう。そして、皆が、将来、辛いことや、悲しい事に出会った時、この卒業文集を読んで下さい。ここには心の故郷が、一杯詰まっているのですから」。
豊先生の、その言葉は力強かった。
「先生」。
「何だ、秋男君」。
「俺、先生のこと一杯書いたからな、な」。
秋男の声は、叫びに近かった。
「うーん」。
言葉にならない声を出す豊先。
「私も、先生のこと、一杯書いちゃった」。
愛子も大声で言った。
「有り難う」。
豊先生は、そう言って教壇を降りた。

中編小説・天使の君は、輝いているかい???4

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豊先生が、春霞小学校の先生をしていた頃は、どういう時代であったのであろうか。
先生にとっても、生徒たちにとっても、時代の影響は受けざる得ないものがある。その影響を最も大きく受けたのが、秋田和夫の父であり、野原次郎の父であった。野原次郎の父が職を失ったのは、昭和四十八年師走に入ってすぐのことであった。
「先生、おれ・・・おれ・・・」。
と言って次郎は泣いた。
次郎は、いつになく早く登校していたのだ。
「どうした次郎君」。
と豊先生。
次郎は涙を浮かべながら、父が失職したことを語ったのであった。
豊先生は次郎を抱きしめた。
次郎は、その胸の中で思い切り泣いた。

激動の時代、何が起きるかわからない。
輸入品の増加などから、不況色を漂わせていた繊維業界。
四十九年の四月以降、国の総需要抑制策が一段と浸透し、危機感をましていた。
秋田和夫の父は、この町で唯一の綿織物の工場を、経営していたのである。
賃織りが主体の、零細工場である。
その工賃も、昨年の七、八月頃に比べて、四分の一以下で、完全な採算割れとなったのである。この工場には、町内から七人の主婦が働きに来ていた。この町にとって、労働力の受け手として、存在価値があったのである。
和夫の父の苦悩は、いかばかりであったであろう。母は心労のあまり、寝付いてしまったのである。

ここで、話題を変えてみよう。
豊先生の好きな花は、バラ。
愛子の母、孝子の大好きな花はバラ。
ウイピング、ローズ、の花咲く家は、純白のエプロン姿が良く似合う、女性が住んでいる。大きくはないけれど、そこはかとなく、こざっばりとしている。薄いピンクを主体とした、洋風の家であった。
これは、孝子のセンスを取り入れて建てられたに違いない。
(わらべは見たり野なかのバラ、清らに・・・)。
歌は流れる、流れて遥かかなたへ。
涼やかな声は、満ち足りた心の豊かさ、とても、主人を亡くした人とはおもえない、気高さもあった。
丘陵と山懐の間にある、愛子と孝子の家。
その家を右手に見て、通り抜ける一台の自転車があった。
その、自転車は秋田和夫の家に向かって猛スピードで走っていた。
ペダルをこぐ、豊先生の足は重たかった。
どんな言葉で励まして良いのか、その言葉が見つからない。自身の未熟さ、経験の無さ、それが悲しくてならないのである。
「和夫君の、何の力にもなってやれないのか」。
ため息を吐くのである。

時は流れて、梅雨の頃のことである。
放課後になって、雨脚は強まるばかりである。
職員室に、愛子と好恵が訪れていた。
好恵が語ってくれたヒソヒソ話し。
これは、今も忘れられないのである。
お下がりの教科書に込められた母の愛は、豊先生の胸を締め付けた。
それは、好恵が四年生の学年末の時のこと。
父が経営する、北村林業は倒産したのである。
優れた杉や、ヒノキを切り出し、その名は全国に知られていた会社である。
事業とは、時代の波に弄ばれてゆくものなのだろうか。
儚く消えていった。
人は奈落の底に落ちた時に、非常さを思い知らされるものである。それは、他人より、親族のあまりの冷たさを知るからである。
娘に新しい教科書を揃えてやりたい。
お金を借りにいった母。
「こんな、お金さえも持たして帰して下さらないのか、酷い」。
叔母に縋って、母の文子は泣いた。
叔母は、
「これでも持って帰りな」。
と言って、子供の、使い古した教科書を渡すのだった。
母は、長い道のりをトボトボト帰ってきた。
そからが、好恵と母のドラマが始まるのである。
「おかあさん、お帰りなさい」。
「好恵、ほら、こんないい教科書は、どこを探してもありゃしないよ」。
母は涙を拭きながら手渡すのであった。
「ごうして?」。
「ほら、漢字の所に振り仮名が振ってあるだろう。実にわかりやすいじゃないか」。
「お母さん」。
好恵も泣いた。
「泣くな好恵、これなら辞典だって買わなくて済むというもんだ」。
「うん。好恵、もう泣かない」。
「これが思いやりって言うもんだぞ」。
その後、母は大声で笑った。
「お母さん、いい教科書をありがとう」。
好恵は負けずに言った。
将来、好恵はファッション業界をリードするナンバーワンのデザイナーに上り詰めていくのであるが、あの勝気で負け時嫌いな性格は、この時から始まったのである。

さぁ、日差しの中へ飛び出そう。
太陽の光は、みんなに公平に降りそそいでくれるのだ。
五月も五日は暦の上では立夏を迎える。二日は雑節の八十八夜。
童謡、茶摘の中で、
夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が繁る、あれに見えるは茶摘じゃないか、あかねたすきにすげのかさ、
と歌われている。
詩情豊かな、故郷の山河よ。
山河はこんなにも、優しく包んでくれる。
あの時代もそうだった。
若き女性達の歌声は流れていた。
今も、あの、うら若き女性達の歌声は流れているのでしょうか?。
愛子の母、孝子はこの歌が大好きだ。
作業中にこの歌を、よく歌っている。
歌は時には、涙も運んでくるものである。
愛する人と共に生きた思い出がそうさせるからである。
今日は誰を偲んで歌っているのでしょうか?。
仕事が殊のほかはかどっているのである。
しかし、季節は残酷さを見せ付ける時もある。
季節外れの霜のため、水気を多く含む若芽が凍死して被害を受ける。
地元の人達は、『八十八夜の別れ霜』、と呼んでいる。
暖冬で作物の生長が早く、『今年は順調』、と油断した直後に起きる。
この事は、米作りにも似たところあるようだ。
春に夏めいた暖かさが続き、やがて、冷夏によって苗が傷め付けられるということになる。それは、孝子にとって、実入りが多くなるか少なくなるかという瀬戸際のことでもある。さて、今年はというと、順調に生育し、香りもことのほか味わい深く、孝子もほっと一息できたのである。
プロフィール

白浜 砂夫

Author:白浜 砂夫
どうも ”しらはますなお” です。

岐阜県大垣市在住
昭和24年1月11日生まれ
67歳
B型

好きな歌人は、女性では与謝野晶子、男性では、島崎藤村、石川啄木です。詩や和歌や小説を書き始めて20年あまりになります。鹿鳴館を舞台にした小説を書いております。63歳にして一念発起してパソコンを始めました。ブログにも初挑戦です。

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